« アダム徳永スローセックスをマスターしよう★プライベート講習のお問い合わせ | メイン | この例のようにデンマークと言う国では国民の意思が政治に直接反映するシステムが出来上がっています。「国家運営」に国民1人一人が参加しているという実感が持てる国になっています。こうした意識の形成に学校教育が大きな役割を果たしています。166・第9章 教育の目標は「国家運営」に参加する国民をつくること・平成28年1月29日・ »

2016年1月23日 (土)

第2次世界大戦の敗北により、人心・国土とも荒廃したドイツ。その復興を担ったのが、73歳で首相に就任、14年間その座にあったアデナウアーである。戦前、ケルン市長として活躍した彼だが、ナチに迫害され引退。戦後、保守政党を率い、「復古」「反動」のレッテルを貼られながらも、常 著書に『ドイツの憂鬱』、『新生ドイツの挑戦』(丸善ライブラリー)、『あっぱれ技術大国ドイツ』、『ドイツ病に学べ』『住まなきゃわからないドイツ』『びっくり先進国ドイツ』『顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(以上、新潮社)など。


引用


引用下條村 自治体はこうやって運営する 河村市長も同意? 1/2 

effectmangt   effectmangt

https://www.youtube.com/watch?v=z8PwWydCDMQ

11:15 2016/01/29


ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか (青春新書インテリジェンス) 新書  – 2015 8 4 熊谷 徹   (著) 内容紹介

有給休暇30日超で、その消化率100%、夏休みは最低2週間…なのに、仕事の生産性は日本の1.5倍の秘密とは!ドイツ在住25年のジャーナリストが、ドイツ流「効率のいい」働き方を大公開!  

内容(「BOOK」データベースより) 

有休消化率100%、夏休みは2週間以上…なのに、仕事の成果は日本の1.5倍!ドイツ流「効率のいい」働き方の秘密。

新書: 192ページ出版社: 青春出版社 (2015/8/4)

言語: 日本語発売日: 2015/8/4

 目次

第1章 有休30日、消化率100%…でも仕事が回るドイツの働き方

第2章 休みが多いのにドイツ経済は絶好調!のなぜ?

第3章 日本の1.5倍!ドイツの高い労働生産性の秘密

第4章 アメリカ型資本主義は目指さない!ドイツの「社会的市場経済」

第5章 短い労働時間、高い生産性の一方で…ドイツ流の問題点

第6章 報われる働き方のために―日独“いいとこ取り”のススメ 

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労働者保護のための労働法制と様々な仕組み。これだけ徹底しながら、未曽有の好景気を続けているドイツは、本当に凄い!

本書で筆者が紹介しているドイツの労働者保護を徹底した労働法制と、それを実現するための様々な仕組みを目の当たりにしてしまうと、これだけの法制と仕組み作りに、よくぞ国民的合意が(というよりも、経済界の合意がといった方がいいかもしれないが)得られたものだと、本当に感心してしまう。  


まず、ドイツ人が1年に約150日休むのに対し、日本人の場合、土・日・祝日に実際の有給休暇取得日数8.6日を加えると約124日となり、その差は26日となる。ところが、第3章を見ると、残業時間を含めた1年間の労働時間を1日8時間で割ると、その差は44日に開き、日本では当たり前のように行われているサービス残業を含めると、その差はさらに開いてしまうのだ。日本の一見、それなりに整備された休暇や労働時間などの労働法制が、いかにお題目だけに終わっているかを示す典型的な例といっていいだろう。 

 さらに、ドイツの労働者は、こうした休暇や労働時間以外にも様々な形で法律による保護を受けており、しかもその法律の内容が骨抜きにされずに実行されているというのだから、ドイツの労働者保護政策のメニューの幅広さと手厚さは、日本の比ではない。  

私が本当に「ドイツは凄い!」と思うのは、これだけ労働者保護を徹底しながら、労働生産性は日本より高く、競争力の高い製品を作って、未曽有の好景気が続いて税収が増え、政府の借金を減らして財政も健全化しているという事実だ。今の日本とあまりにも違うこうした実態を見せ付けられると、素直にドイツを称賛せざるを得ない。 

 

ただ、筆者は、全ての物事には表と裏があるとし、高い労働生産性を維持するためにドイツが犠牲にしているものとして、派遣社員などの低賃金層の拡大(これは日本も同じ)、サービスの質の低さなども挙げており、社会保障が手厚い分、国民負担率が日本と比べて大きく、可処分所得が少ないことにも触れている。 

 筆者は最後に、日本人が真似すべきことと、真似すべきでないことを挙げている。真似すべきことの中には、政府や経済界の考え方が変わらないと無理なものもあるが、一企業や職場、労働者自身の意識改革で出来るものも挙げている。まずは、出来ることから、ドイツを見習っていくべきだと思う。 

思ったほど面白くない・・

ドイツの法制度の話ばかりで繰り返しの記述も多い。肝心の現在のドイツ人が具体的にどんな生活をしているのかが見えてこない。もっとドイツ人の生活スタイルを例をたくさん挙げて紹介してくれると良かったと思う。それにしても「連続2週間の有給休暇」の完全取得は素晴らしい。海外のどこに行ってもドイツ人の家族連れを見かけるし彼らの英語は極めて流暢(りゅうちょう)だ。ドイツ人の人生は豊かである。それに引き替え、日本人は・・

労働者保護のための労働法制と様々な仕組み。これだけ徹底しながら、未曽有の好景気を続けているドイツは、本当に凄い!  

本書で筆者が紹介しているドイツの労働者保護を徹底した労働法制と、それを実現するための様々な仕組みを目の当たりにしてしまうと、これだけの法制と仕組み作りに、よくぞ国民的合意が(というよりも、経済界の合意がといった方がいいかもしれないが)得られたものだと、本当に感心してしまう。  

まず、ドイツ人が1年に約150日休むのに対し、日本人の場合、土・日・祝日に実際の有給休暇取得日数8.6日を加えると約124日となり、その差は26日となる。ところが、第3章を見ると、残業時間を含めた1年間の労働時間を1日8時間で割ると、その差は44日に開き、日本では当たり前のように行われているサービス残業を含めると、その差はさらに開いてしまうのだ。日本の一見、それなりに整備された休暇や労働時間などの労働法制が、いかにお題目だけに終わっているかを示す典型的な例といっていいだろう。  

さらに、ドイツの労働者は、こうした休暇や労働時間以外にも様々な形で法律による保護を受けており、しかもその法律の内容が骨抜きにされずに実行されているというのだから、ドイツの労働者保護政策のメニューの幅広さと手厚さは、日本の比ではない。  

私が本当に「ドイツは凄い!」と思うのは、これだけ労働者保護を徹底しながら、労働生産性は日本より高く、競争力の高い製品を作って、未曽有の好景気が続いて税収が増え、政府の借金を減らして財政も健全化しているという事実だ。今の日本とあまりにも違うこうした実態を見せ付けられると、素直にドイツを称賛せざるを得ない。 

 ただ、筆者は、全ての物事には表と裏があるとし、高い労働生産性を維持するためにドイツが犠牲にしているものとして、派遣社員などの低賃金層の拡大(これは日本も同じ)、サービスの質の低さなども挙げており、社会保障が手厚い分、国民負担率が日本と比べて大きく、可処分所得が少ないことにも触れている。 

 

筆者は最後に、日本人が真似すべきことと、真似すべきでないことを挙げている。真似すべきことの中には、政府や経済界の考え方が変わらないと無理なものもあるが、一企業や職場、労働者自身の意識改革で出来るものも挙げている。まずは、出来ることから、ドイツを見習っていくべきだと思う。 

思ったほど面白くない・・

ドイツの法制度の話ばかりで繰り返しの記述も多い。肝心の現在のドイツ人が具体的にどんな生活をしているのかが見えてこない。もっとドイツ人の生活スタイルを例をたくさん挙げて紹介してくれると良かったと思う。それにしても「連続2週間の有給休暇」の完全取得は素晴らしい。海外のどこに行ってもドイツ人の家族連れを見かけるし彼らの英語は極めて流暢(りゅうちょう)だ。ドイツ人の人生は豊かである。それに引き替え、日本人は・・

未だにドイツを見習えという意見があるのは驚きです。

東西冷戦終了後ドイツ経済はいったん落ち込みました。その後立て直し現在は空前の好況にあるようです。

この好況の要因を、ドイツ人自身は「自分たちの勤勉性」や「ドイツの効率の良さ」と考えているようで、逆にギリシャなどの不況は「怠けているから、働かないから」などととらえているようです。だが本当にそうでしょうか?現在のドイツ好況の要因は、ユーロ制度導入後、域内で為替変動がなくなり、マルク高による為替差損が生じなくなったことによる、

域内輸出の増加と、相対的に安い賃金で労働することによる他地域の労働経済の破壊です。つまり何をしても儲かる状況になったのです。

決してドイツ人が勤勉だからでも、逆にギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリア人が怠け者だからでもありません。

多くのひとが、ドイツ人には「自己を肯定する」気質が存在する、と述べています。それは逆に言うと、物事がうまくいかなくても、

それは自分の能力不足などではなく、何か他に原因があるに決まっているのだ、と転嫁すると言うことです。

極端な例が、第二次世界大戦の戦争責任です。悪いのはナチスであり自分たちは全く悪くない、と開き直っています。

VWの例でも同様で、全貌が解明されたわけでもないのに、とあるドイツ人は「これはVWだけの例外的な問題だ」と言い切っています。

今後ユーロ崩壊も考慮しなくてはいけない状況になると思いますが、そのときに同じことが言えるのでしょうか。

ドイツ流の仕事の効率を上げる方法論をさらさらと書き綴った1冊。

筆者が元NHK記者なので語り口が不必要にベタベタしておらず、好感が持てる。年間150日休み、仕事の成果は日本の1.5倍なんて聞くとドイツがものすごい良い国であるかのように感じるが、実際には短所、課題もたくさんあり、今すぐドイツのような国家になれと主張しているわけでもない。ドイツと日本、それぞれの良いところ、悪いところを比較、分析した上でこうやって仕事の効率を上げよう、(ひいては)こうやって良い国家にしていこうと呼びかける。

膨大な国家債務、少子高齢化、競争力低下という長年日本が患っている病を考えるによい1冊。

日本人が参考にできる答えはこの本にはないです

ドイツの政策や働き方についての内容が多く、今すぐ日本人が真似できるようなことではありませんでした。

日本人の中に休むことが当たりまえになって、みんなでフォローしあう体制が整ってくれば本の内容に近づけると思います。

特に、ドイツでは商店も日曜日は休みなど、今の日本で享受している便利さを放棄できる人が増えないと社会がそうなりませんから。

本当に生産性が高い理由は何?

 

ドイツ人は休みは何よりも最優先する国民性は凄い!と理解したのだけれども、

休みが多い事と一人当たりのGDPが高い事の関連性の理由を、もうちょっと詳しく知りたかったなと。

 

「多く休む→家族や恋人との時間を大切にする→だから仕事の生産性が高い」

ならば、本当に大切なのは”身近な家族や恋人を思う気持ち”なのだろうか。

労働生産性向上の仕組みを解明した本

日本とドイツにおける労働生産性の違いを解明した本です。労働生産性は、「国の仕組みによる労働生産性の違い」「企業の仕組みによる労働生産性の違い」「働く人の労働生産性の違い」の観点から解明する必要があると思うのですが、国が6割、企業が3割、人が1割と「あなたが1年に150日休んでも仕事が回る」ための知恵や手法にはほとんど言及されていません。ただしくタイトルをつけるとすると、「ドイツではなぜ、1年に150日休んでも・・・」なんだと思います。タイトルと内容の不一致です。

効果的に資料を用いた読みやすい文章です

 

著者が元NHKの記者だということに納得。正確な資料を効果的に用いて述べられています。著者はドイツの労働生産性の高さについて、

1、政府が法律で管理していること

2、企業が残業代を支払わないために労働時間の短縮を促していること

3、1・2を達成できる管理職の社会的評価が高いこと

などを述べています。ドイツは労働生産性が高い反面、たとえば仕事中の一服なども厳密に労働時間から除かれるという話、面白いと思いました。

他の方のレビューでは「理由がわかりにくい」などという声がありましたが、全くそんなことは無いと思います。非常に簡潔で明確です。

日本人の勤勉性は好きだし、それが日本を支えてきたとも思います。ですが、今後の日本の更なる発展のためにも、労働生産性は上げなければいけません。そのために休暇が必要であれば、増やすべきでしょう。

ドイツは可処分所得が少ない?

 ドイツは税金等が多く可処分所得が少ないので物を買うときは価格にシビア、見る目が厳しい‥というような記述を見てえっ?と思った。なぜ労働時間少ないのに一人あたりGDPが多いのか(豊かなのか)、が知りたかったのに、そもそもの前提が崩れたような‥。

税金等が多くても適切につかわれていればその分国民に還元されるわけなので一概に税金多い=豊かではない、ということにはならないはずだが。

次の日から仕事が

ドイツと日本では、文化や習慣が違うが、見習うべき点が大いにあった。

自分の仕事ですぐに実践したくなるような内容満載だった。

11:27 2016/01/23


アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家 (中公新書) 新書  – 2014/5/23板橋 拓己 (著)5つ星のうち 4.4  10件のカスタマーレビュー

 内容紹介

ヒトラー後の人心・国土とも荒廃したドイツを建て直し、米仏との協調、ユダヤ人との和解を推進。「国父」と呼ばれる保守政治家の生涯

内容(「BOOK」データベースより)

第2次世界大戦の敗北により、人心・国土とも荒廃したドイツ。その復興を担ったのが、73歳で首相に就任、14年間その座にあったアデナウアーである。戦前、ケルン市長として活躍した彼だが、ナチに迫害され引退。戦後、保守政党を率い、「復古」「反動」のレッテルを貼られながらも、常に自国のナショナリズムを懐疑し、米仏などとの「西側結合」に邁進、ユダヤ人との「和解」にも挑んだ。「国父」と呼ばれる保守政治家の生涯。

新書: 240ページ

出版社: 中央公論新社 (2014/5/23)言語: 日本語発売日: 2014/5/23

 目次

序章 ドイツとアデナウアー―「西欧化」の推進者

第1章 「破局の時代」のなかで―第二帝政からナチ体制まで

第2章 占領と分断―第二次世界大戦後の四年間

第3章 アデナウアー外交の展開―「西側結合」の模索

第4章 「宰相民主主義」の時代―一九四九~六三年

終章 アデナウアー政治の遺産

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参考になった順

ドイツを「西欧」にし、欧州に平和をもたらした外交

 

第二次大戦まで戦火の絶えなかったヨーロッパは戦後、劇的に平和になった。これは西独初代首相であるコンラート・アデナウアーの「西欧化」の選択に依る所が大きい。本書はアデナウナーの生涯を追いつつ、その政策の歴史的意義を論じる。

 

中欧の大国・ドイツは第三帝国崩壊まで、フランスという仮想敵国を持ちつつ、東西を天秤にかけた外交を弄したり、中東欧を勢力圏化したりする「何をするかわからない大国」だった。これが欧州の国々に疑心暗鬼を生んでいた。極東の日本にすら「複雑怪奇」と言わしめるほどだから、周辺国、特に小国には脅威だったろう。戦後、アデナウナーは独仏和解を成し遂げ、自国を「英仏を基軸とする西欧国家の一員」とはっきり位置づけることで、西欧を裏切らない「西向くドイツ」になった。ドイツ外交の劇的な転換点だったと著者は評する。

 

なぜ大転換できたのか。もちろん、敗戦が一番の要因だが、アデナウナーの選択も大きかった。アデナウナーは戦間期、ケルン市長を務め、ライン川を挟んだ独仏の争いに否応なく巻き込まれてきた。ケルンを含むドイツのライン左岸域の取り扱い(ラインラント問題)は第一次大戦後、混乱を極めた。ドイツの復讐を恐れるフランスは、この地域を緩衝地帯、あわよくば勢力圏にしようとしたため、ドイツ軍を排除し、軍も進駐させた。住民の間にも独立やフランス併合の動きがあった。戦後もフランスはルール地方の工場を解体していた。このことから、アデナウナーは独仏国境を巡る遺恨と相互不信が続く限り、欧州に大戦の火種が残り続けることを実感した。

 

アデナウナー自身の個人史も非常に面白い。41歳の若さでドイツ第2の都市・ケルン市長に就き18年在任した。この間ラインラント問題の処理や戦間期の復興を支えたが、ナチス政権時に追放された。ドイツ敗戦後、ケルン市長に復帰するも英軍に罷免され、中央政界に活動の場を移す。重鎮地方政治家という顔と老練な交渉力で暫定政府の代表になり、主権回復後には西独首相を務める。

 

本書の実に3分の2が70歳以後の話。アデナウナーは「会議の最後まで座っていること」と政治で成功する秘訣を語る。交渉で言いたいだけ言わせた後に自説でまとめるのがアデナウナー流交渉だ。彼の人生もその秘訣を地で行く。第三帝国時代はヴァイマル政府の要人が次々と殺される中で用心深く逃げ切り、80歳を過ぎても老醜のごとくに政権にしがみついた。87歳まで首相を務めたからド・ゴールと独仏の歴史的和解にこぎつけた。ちなみにヒトラーはもちろん、ヴァイマル期に活躍したシュトレーゼマンやパーペン、シュライヒャーよりアデナウナーは年長だった。会議に限らず「最後まで生きてこそ実現できる」というのがアデナウナー流政治術なのだろう。

 

簡便にまとまった評伝ながら、「米英仏との西側連合への参加」という歴史的判断の意義を、分かりやすい解説で示している。また、複雑な欧州政治への知識がないとわかりにくいためか、和書であまり読めないラインラント問題や西独建国の過程も、アデナウアーの視点で整理されている。ほかにもプロイセンとドイツの複雑な国家関係、ヴァイマル期でもなお曖昧だった「ドイツ」の国家アイデンティティ、戦後の「フランス派」「大西洋派」の外交路線対立など、本書で明瞭になったことは多い。欲を言えば、ケルン市長時代のベルリンとの関わりや、首相時代のドイツの内政についてもう少し読みたかったが、望み過ぎだろう。単なる知識ではなく、欧州政治を読む新たな視点を与えてくれる優れた本だ。

努めて客観的に評価しようとする姿勢

 とかくこの手の本は、極端な姿勢のものが多いが、この本は、アデナウアーを努めて客観的に評価しようとしている姿勢が滲み出ている。著者のことはよく知らないが、非常に誠実且つ良心的な学者だという印象をもった。

 

著者の関心は、アデナウアーという個人を深く追究することにはなく、近代から現代に至るドイツの対外政策、方針の変化にあり、そこにアデナウアー外交と称されるものが、どの様な位置付けを占めるのかということを、改めて検討してみることにある。それぞれの時期に於けるアデナウアーの動向も簡単に触れられてはいるが、アデナウアー個人を識りたいという人には向かないかも知れない。

 個人的には期待していた内容ではなかったが、近現代史に関しては、昨今、とかく短絡的且つ独善的な歴史観が蔓延って来ている(一般だけではなく学者の中にも見受けられる)中で、著者の様な学者がまだいるのだということを知れただけでも良かったと感じている。

敗戦国ドイツの復興を成し遂げた政治家・アデナウアーに学ぶ

『アデナウアー――現代ドイツを創った政治家』(板橋拓己著、中公新書)は、政治家ならびに政治に関心・懸念を抱いている人たちにとって、3つの理由で必読の書である。 

第1に、名はともかく、その事績についてはあまり知られていないアデナウアーという政治家がいかに考え、いかに行動したかを知ることができるからである。第2に、ナチ政権に睨まれ政界を追われたアデナウアーがどう耐え忍び、どのようにして復帰したかが、逆境脱出の一つのモデル・ケースたり得ているからである。第3に、第二次世界大戦の敗戦国であり、ホロコーストという大罪を犯したドイツの復興を成し遂げた彼のリーダーシップが、同じ敗戦国であり、周辺国家に多大な迷惑をかけた日本の参考になるからだ。

 「1933年、ドイツは、43歳の若くて威勢はよいが、いささか神経質な一人の男の手に委ねられた。その男が統治した12年間で、ドイツは大戦に突き進み、世界を惨禍に巻き込みながら、自らも破滅した。1949年、大戦で廃墟と化し、占領と分断を経たドイツの運命は、今度は73歳の『老人』に託された。その男が統治した14年間で、ドイツの西半分は復興し、まがりなりにも自由民主主義体制を整え、かつての敵国とも緊密に結ばれた。この二人の『宰相』の対比は、ドイツでしばしば語られるものである。前者はもちろん、ナチ党党首にして第三帝国の指導者アドルフ・ヒトラー(1889~1945)、そして後者が、本書の主人公であるドイツ連邦共和国(西ドイツ)初代首相コンラート・アデナウアー(1876~1967)である」。本書は、格調あるこのような文章で始まる。

 

「当初は敗戦国として主権を奪われていた西ドイツは、アデナウアーの首相在任中に、『経済の奇跡』を起こし、『繁栄』を享受するまでにいたり、さらに国際社会にも復帰することができた。・・・きわめて乱暴に言えば、戦後日本における吉田茂、鳩山一郎、岸信介、池田勇人らの役回りをすべて担ったような存在なのである」。アデナウアーは日本の首相4人分の仕事をこなしたというのだ。

 「アデナウアー時代は近現代ドイツ史における大きな転換点をなしており、その遺産は現在の統一ドイツをも規定している。・・・この転換や基盤創出の意味内容を一言で表すならば、それはドイツの『西欧化』である。この場合の『西欧』とは、イギリスやフランスのような現実のある特定の国を指すのではなく、一つの価値共同体としての『西欧』である」。著者の「一言で表す」方法が、我々の理解を助けてくれる。

 

この「西欧化」は、●内政における自由民主主義体制の定着と、●外交における「西側選択」――の2つによって成り立っている。「アデナウアーは、東西冷戦という国際情勢を背景に、国内のさまざまな異論を排して、『西欧』を決して裏切らない『西を向き続けるドイツ』を築き上げたのである。歴史家クラウス・ヒルデブラントが言うように、これは『ドイツ外交のまったく新しい伝統』であった」。外交の重要性を熟知していたアデナウアーは、全く新しい外交スタイルを生み出したのである。

 「重要なのは、アデナウアー時代の西ドイツが選択した国是、すなわち内政における基本法体制と、外交における西側路線は、1990年以降の統一ドイツにも引き継がれたことである」。基本方針を断乎として堅持したアデナウアーなかりせば、後のドイツ統一は違う形になっていたかもしれない。


 「アデナウアーは、物質主義と権力崇拝の蔓延が行きつく果てとして、ナチズムとスターリニズムを同一の範疇に位置づけたのである。こうした敵に対し、アデナウアーが守ろうとするのが、個人の尊厳と自由である。『個人の人格は、実存および序列において国家に先行する』。国家とは、民族などにではなく、個人に奉仕すべきものなのである」。アデナウアーのこの基本理念を、日本の政治家たちは熟読玩味してほしい。 

「1951年9月27日、アデナウアーは連邦議会で、のちに『歴史的』と形容される演説を行った。西ドイツ首相が、『ドイツ民族の名において』犯された『言語を絶する犯罪』を認め、反ユダヤ主義的煽動に対しては刑事訴追で厳しく闘うという保証と、ユダヤ人に対する『道徳的・物質的な補償』を約束したのである」。このアデナウアー演説が、ドイツの国際的な信用回復への重要な一歩となったのである。

 

アデナウアーが首相を辞任するのは87歳の時であり、東西ドイツが遂に統一を実現するのは、アデナウアーが91歳で死去してから20年余り後の1990年10月3日のことであった。

初めての人でも読みやすい

 アデナウアーについて名前しか知らない程度で本書を手に取りました。購入のきっかけは第二次世界大戦後のドイツの政治経済を勉強したかったこと。そのためには、まさにこの時期に西ドイツを率いたアデナウアーの本が一番いいのではないかと思い購入しましたが、期待は裏切りませんでした。

 全般的に初心者にも読みやすく、アデナウアーの話だけでなく、敗戦後のドイツそのものの激動について興味深く読みました。

しかし本書を読む限りにおいてはアデナウアーという人はかなり独善的に感じました。ドイツに自由民主主義を定着させるという目標のために、議会民主主義は全然顧みなかったという、ある意味矛盾を抱えていて、しかし言い換えれば原理主義者ではなく、あくまで現実を見ながら妥協や取引を通じて自分の考える方向性を実現する、ということで政治家としては極めて有能だったのだろうなという印象は受けました。1つ不思議だったのは、ヒトラーという独裁者を経験したにもかかわらず、ドイツ人はアデナウアーという別の意味で独裁的な人物をトップに選んだこと。ただし本書にも書かれているようにドイツ人は経済復興に最大の関心を持ち政治はお任せ、という状況だったのもあるでしょうし、何より復興にはある程度強権的なリーダーがいなければ立ち行かない、ということで、まさに戦後のドイツ復興になくてはならない人物だったという印象を持ちました。

あまりよく知られていない人物であるのでとても楽しく読み切れた 戦後の西ドイツを牽引した政治家、アデナウアーについて、その生涯を概観している。日本では、あまりよく知られていない人物であるので、とても楽しく読み切れた。

戦前は、ケルン市長を長く勤め、ケルンの君主と呼ばれていたこと、

徹底したソビエト嫌いで、アメリカやフランスとの関係強化に努めたこと、

ナチスのユダヤ人迫害を公に謝罪して、イスラエルとの関係改善を実現したことなど。いずれも、日本の戦後の歩みと対比させてみると、色々と考えさせる内容が多かった。戦後ドイツを決定づけた政治家 

日本以上に困難な戦後ドイツを指導した、「真の保守主義者」。強固な信念と道徳律を備えて、隣国フランスはもとより、米英ソと渡り合って、EECの中心となっていくリーダー像を羨ましく感じた。困難なユダヤ人たちへの贖罪も国家レベルで果たした指導力に感服。

チンケな日本の「保守政治家」にうんざりするわれわれに、こういう人物がいたのかと教えてくれる。

ドイツ復興の立役者の業績がわかります。

 第二次世界大戦で敗戦国になったドイツを立て直した偉大な政治家の生涯がわかります。

アデナウアーとブラントとヴァイツゼッカー

 平成26年10月21日若干追記。 「第2次大戦後の償いや歴史認識をめぐって、中国が優等生のドイツと落第生の日本という宣伝を世界中で繰り広げている。そう単純じゃあないよと言い返したくもなる・・・(吉岡桂子・編集委員、8月3日づけ朝日の書評)。」

戦後西ドイツの外交を決定づけたのは、アデナウアーという個人に負う面もあるが、より基本には、ドイツの力ではどうにもできない米ソという巨大国家に挟まれたからだ。これが決定的であった。そうでなかったならば、アデナウアーの出番はなかったろうし、多少なりとも旧ナチの掃除はできなかったろう。

もう一つの重要な事実は、東西冷戦の本場はアジアではなく、欧州にあったこと。それもその中心はドイツ、しかも西ドイツをどうするかという点に集約したからである。というのは、西ドイツが強力な国家になるからだ。

 東西ドイツを統一し、中立ドイツにするか。または統一せず、この西ドイツを西側に組み込むかどうか。これは東西冷戦において、大きな問題であった。ソ連は西ドイツがアメリカ陣営に組み込まれるのをおそれた。野球でいえば、長嶋茂雄、王貞治、稲尾、江川、」ダルビッシュ、田中将大などをみな、巨人(アメリカ側)がとるか阪神(ソ連側)がとるか、といった大問題だったからだ。

アメリカは巨大なソ連に直面し、なりふりかまわず、なりふりかまわずということはドイツの過去はどうでもいいという意味だが、西ドイツを強力な助っ人として再軍備し、この強力な西ドイツという国家を西欧陣営に取り込み、ソ連に対峙した。

アデナウアーの時代西ドイツ国民のわずか1/4が親西欧で対西欧同盟を支持していた。他の者つまり3/4はアメリカなにするものぞ、西ドイツひとりわが道を行くというな強い自負心をもっていた。そのため、アメリカなど西側諸国は西ドイツをNATOに組み入れるため、日本人よりはるかに自負心が高く横柄な西ドイツ国民を、高価な値段で買いつけねばならなかった。ドイツが反省しただの、まだ反省してないとか、ドイツ国防軍の責任など、に関わっておられなかった。

西ドイツとしては、ドイツ国民一般は悪くない、国防軍はナチとは別、あの戦争はドイツの自衛のための戦争だったというウソを通す下地ができたわけだ。(木佐芳男著、戦争責任とは何か、中公新書を参照されたい。)

西ドイツは反省もろくにしないのに、真摯に反省したとかいわれる。日本の場合の韓国・朝鮮人慰安婦と違い、ドイツが強制したスラブ人慰安婦がいたし、スラブ人を強制労働に動員したのだが、その問題は語られず、そんなこと存在しなかったということになった。

 日本はこれほど反省し謝罪しているのに、していないというウソや、朝鮮の女性が慰安婦として強制されたとウソなどが流布されている。

実際戦後の西ドイツと日本の社会を比較してみればすぐわかることだが、つまりそれぞれどういう雰囲気だったかを調べればわかることだが、日本には罪悪感と戦争嫌悪の感情があふれていた。しかし西ドイツの場合はそれほどでもなかった。それよりドイツはアメリカ何するものぞという気持ちとともに、なにより日本と決定的に違うのは、ソ連という巨大な存在に平和主義とか非武装主義などで対抗しようとはさらさら思わなかった。(日本のように非武装・中立主義などはほとんどなかった。それなのに日本は反省していない、ドイツは反省したなどと言われる。)

もちろん、アデナウアーは反ナチであり、戦時中「わたしは自分がドイツ人であることがたまらなく恥ずかしかった」と言っている。このアデナウアーさえ、「ナチ体制についてドイツ人の集団としての罪を公には否定し、過去の忘却と批判する声もある(吉岡桂子の書評)」が、ヒトラーの命令にしたがった国防軍の将軍将校たちが、新しい西ドイツ国防軍を再建し、その中軸をなした。アデナウアーはこれをNATOに組み入れた。これは彼の功績の一つだ。しかし、それ以外の選択はなかっただろう。というのは、NATOから独立した西ドイツ軍など、アメリカが許すはずはなく、またそのような西ドイツ軍では巨大なソ連軍に対処できなかったからだ。

 ドイツはいまはおとなしくしているが、将来は不明ではなかろうか。しかし、「ナチの官僚のほとんどが西ドイツの官僚組織をつくり、反省などしていない(猪木正道、中央公論昭和38年10月号趣旨)。林健太郎は西ドイツ留学中ドイツの出版社から「ドイツは悪くないという本を書いてくれ」と依頼があったという(同誌同号)。これが実情だったのに、ドイツは反省、日本は反省しない、などという大嘘が通り始めた。

ウィリー・ブラントは反ナチ抵抗運動の英雄である。ドイツで抵抗し、ノールウエイに逃れて抵抗し、ノールウエイにドイツ軍がやってくると、中立国スエーデンに逃れて抵抗した。しかし、彼ほどの人物も、ユダヤ人問題については謝罪しているが、ドイツがしかけたあの戦争や東欧ソ連での野蛮行為には沈黙している。それを持ちだしていたら、ドイツ人は怒り狂い、彼は滅多打ちにされ、彼の社会民主党も政権をとれなかったろう。

 あるポーランド人は、「ブラントはユダヤ人犠牲者の碑のまえに頭をたれただけだ。ワルシャワ蜂起にはユダヤ人の蜂起のほかに、もう一つ、ポーランド人自身による昭和19年の蜂起がある。労働力として強制徴用されたポーランド人への補償は一人当たり150ドル(約15,000円)にすぎない」と言っている。

 この昭和19年の蜂起が失敗に終わり、(よく知られたことだが、ソ連軍はワルシャワの救助に向かうどころか、その手前で進撃を中止し、ワルシャワ蜂起が終わったあと、進撃を再開した。)この失敗のあと、ワルシャワからポーランド人は追放され、労働量不足に悩むドイツへ労働力として強制的に送られる。この強制移送のさいドイツ兵が道端に歩哨にたち、気にいった女性を勝手に列のそとにつまみ出した。映画「戦場のピアニスト」はこのワルシャワ蜂起のあと、空っぽになったワルシャワ市内に隠れ残ったユダヤ人ピアニストの話だ。ユダヤ人もその移送に加わることなどできない。ユダヤ人とわかればすぐ殺されるか、収容所送りだからだ。

東欧やロシア人は慰安婦のみならず、ドイツで不足する労働力を補うため強制的にドイツへ連れて行かれ、またドイツ兵不足を補充するため、兵役を強制された。たとえばノルマンディー上陸作戦のとき、連合軍が捕虜にしたドイツ兵のなかにはこうした東欧からの「スラブ人ドイツ兵士」もたくさんいた。

そればかりではない。ポーランドにしてもチェコスロヴァキアにしても、終戦時撤退するドイツ人への残虐行為についてドイツに謝罪させられている。日本は中国や朝鮮・韓国からこの点につき、謝罪要求さえしていない。それなのに・・・。

 東欧諸国は経済発展のため、またソ連(ロシア)からの安全保障のため、ドイツの傲慢な要求を飲まされた。

ヴァイツゼッカーは日本では、いや世界でも、ほめそやされている。この男こそドイツ的偽善の典型だ。この男のいうことを聞くと、まるでドイツ国防軍は自尊独立、ヒトラーの命令を聞かず、ドイツ的紳士の集団かのごとくひびく。大嘘だ。彼の父親はナチ外務省の外務次官として活躍した人間だ。(ドイツ人ではないが、ナチに併合された、同じドイツ語民族のオーストリア人のワルトハイムは、戦後自己の経歴を隠して、国連事務総長にまでなっている。)

 昭和60年5月のヴァイツゼッカーの有名になった演説は、結局、ドイツ人は立派な民族だ、ドイツ人もナチの被害者だ、戦後はソ連の被害者だ・・・といっているにすぎない。これはドイツロマン主義に依拠している。ドイツロマン主義は遅れた国民の慰めである。(プレスナー著、ドイツロマン主義とナチズム、講談社学術文庫を参照されたい。西は同書にもコメントを送っています。よろしければ、お読みいただきたい。)

戦時中の日本にドイツ人やフランス人がいたが、「ドイツは同盟国でありながら、ドイツ人は傲慢で日本人に嫌われ、敵国人たるフランス人のほうが人気があった(ベン・アミ・シロニー著、 Wartime Japan, 古葉秀訳、五月書房。)」ベン・アミ・シロニーは有名な日本史家。

評伝としては物足りないが・・・ 

いっそ本書のタイトルを「西側結合」とし、その中心人物としてアデナウアーを論じたほうが

作品の完成度も上がり、また著者の問題意識にも沿うものとなったのではないだろうか?

 鋭い分析や目新しい視点が随所に見られて勉強にはなったのだが、評伝としては中途半端な印象が拭えない。

面白い評伝の必要条件の一つは、対象人物の行動や発言に共感できることである。といって、ひたすら対象者を褒めちぎるだけの「聖人伝」では興醒めしてしまうのだが。

本書にはそれが足りない。というのは、アデナウアーに寄り添うというよりも、ドイツ政治の文脈において彼を冷徹に分析するというのが著者の視点であるからだ。本書を読む者が、政治家アデナウアーに敬意を覚えることがあったとしても、人間アデナウアーに共感することは難しい。別の言い方をすると、様々な学問的配慮と面白い評伝とを両立させるには、分量の限られた新書という媒体では無理があったのかもしれない。著者は、前著『中欧の模索』でその優れた学問的能力を疑問の余地なく証明し、

その後も活躍を続けている気鋭の研究者である。10年後、あるいは20年後、大成した著者が手がけた本格的な評伝を読みたい。

ドイツとイスラエルとの「和解」への第一歩。

個人的に関心があるドイツとイスラエルとの間で1952年に結ばれたルクセンブルク協定を、ドイツ側から書かれた箇所が興味深く読めた。ついこの間まで「最終的解決」を実行していた体制の後継国家をイスラエルが真っ正面から交渉をしたくはなかっただろうが、ドイツが新バビロニアのように滅びない限り、いつかはどこかで接触し、交渉し、承認しなければならなかったのは明白な事だ。この交渉を批判したメナヘム・ベギンが首相になった時期でもイスラエルはドイツとの国交を断行しなかった。ベン・グリオンをはじめ、イスラエル労働党の人々も近親者や知人の中に「最終的解決」の犠牲者はいるはずだが、ベギンと違って、その事を正面に出さなかったのは、ある意味において驚くべき事だ。勿論、イスラエルは国家を維持する為にドイツからの賠償金を必要としていたし、ドイツ側もアラブ諸国との関係があり、世論が必ずしもイスラエルとの賠償に対して積極的ではないから、簡単にいかなかった。色々とあるにしても、アデナウアーは立派であり、ベン・グリオンにも言える事だ。

 「東ドイツ」ことドイツ民主共和国は社会主義統一党の事実上の一党独裁体制下において、「自分達はヒトラーと闘っていたので、褐色の過去とは無縁だ」という姿勢を取っていたのに、あまり議論された事がなかったのは、実はまともな国家として扱われていなかったからではないか。ドイツ民主共和国にしても、強制収容所で勤務していたような元SS隊員でも、どういうわけか社会主義統一党の中央委員になったり、閣僚になれたのだから、本当は無縁ではいられなかったはずだ。かつてのドイツ国防軍の将軍や将校(武装SS隊員もいるだろう)でも赤軍の捕虜になって「反ファシズム学校」に行ったり、自由ドイツ国民委員会とドイツ将校同盟に参加すれば、連邦軍の高官になった人々と違って免罪になるのかも知れないが。同じ騎士十字章を受章したドイツ軍の将軍でも、連邦軍の建軍に参加したシュパイデル将軍と人民警察や人民軍の高官になったヴィンツェンツ・ミュラー将軍とは、どう違うのだろうか?よく知られているワルシャワ・ゲットーの跡地で跪いた連邦首相ヴィリー・ブラントは社会民主党員としてドイツから亡命した経歴の持主だから、ドイツ民主共和国式の「論理」で言えば、する必要がないはずだ。アデナウアーにしても、第三帝国で要職に就いた事がないのだから、自分は無関係だと「主張」してもいいはずなのだが。

 アデナウアーが世界ユダヤ人会議のゴルドマンに向かって言った言葉が153頁に引用されている。「私を知っている者は、私が言葉に乏しい男であり、また大げさなフレーズを嫌うことを知っています。」まるで出エジプト記に記されている「ああ、主よ。わたしはもともと弁が立つ方ではありません。」(出エジプト記4・10。新共同訳)みたいだ。おそらくアデナウアーはモーゼの言葉を念頭に置いていて、彼はヒトラーの第三帝国の廃墟からドイツを導く為にイスラエルと交渉を行っている所存だったはずだ。

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)

 ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書) 作者 高田 博行 (新書 - 2014/6/24) アデナウアー - 現代ドイツを創った政治家 (中公新書)の商品詳細を表示

14:34 2016/01/23


 

 

 


なぜメルケルは「転向」したのか 単行本  – 2012/1/26 熊谷徹 (著)  

5つ星のうち 4.5     15件のカスタマーレビュー

容(「BOOK」データベースより)

2022年12月31日までに原発全廃。福島の原発事故で一気に方向転換したドイツ。その特異なリスク感覚をドイツ在住20年のジャーナリストが解明する。 著者について1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全 保障問題、エネルギー・環境問題を中心に執筆している。

 著書に『ドイツの憂鬱』、『新生ドイツの挑戦』(丸善ライブラリー)、『あっぱれ技術大国ドイツ』、『ドイツ病に学べ』『住まなきゃわからないドイツ』『びっくり先進国ドイツ』『顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(以上、新潮社)など。

 『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。

単行本: 268ページ出版社: 日経BP社 (2012/1/26)言語: 日本語発売日: 2012/1/26

目次

まえがき

第1章 甦るチェルノブイリの記憶

 第2章 ドイツ原子力四〇年戦争

 第3章 フクシマ後のリスク分析

 第4章 はじめにリスクありきーー日独のリスク意識と人生観

あとがき

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なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?

 「3-11」の原発事故から一年たった。この間の顕著な政治的動きといえば、なんといってもドイツで「脱原発」が国是として「挙国一致」で承認されたことだろう。しかも、もともと物理学者で原発推進派であったメルケル首相が「転向」し、「脱原発」におおきく舵を切ったのはなぜか、原発事故の当事国に住む日本人としては大いに気になる疑問である。

 

本書は在ドイツ20年以上のジャーナリストが書いた、「反原発」運動を軸にした戦後ドイツ史でもある。「宗教戦争」につづいて起こったのは17世紀に「ドイツ30年戦争」であったが、それを想起させるような「ドイツ原子力40年戦争」という表現を使用したドイツ史の見方が興味深い。

 いまから四半世紀以上前の1986年に発生したチェルノブイリ原発事故の恐怖は、遠く離れた日本でも大きな反響を起こしたが、風が吹く方向に位置しているドイツでは放射能被害が実際に発生したのであった。この点を抑えておかないと、なぜドイツでは反原発が国民レベルで盛り上がったのか理解できない。ドイツにとっては「9-11」のテロとならぶインパクトがあったのだ。「3-11」は、ドイツにとってパラダイムシフトとなったのである。 

著者が指摘するのは、まずはドイツ人の悲観主義と不安心理、リスクに対する敏感さといった基本的に変わらない行動様式である。その解説に加え、メルケル首相の変わり身の速さという現実主義と物理学者の科学的思考、連邦国家ドイツにおける中央対地方、地方への補助金の少ないドイツ、環境政党である緑の党、原子力規制官庁の独立性と州政府のつよい権限などが要領よく解説されている。そのいずれもが、現代ドイツの事情には詳しくないわたしのような読者には興味深い。

 

本書を読むと、先進工業国という共通性をもちながら、およそドイツ人と日本人は似て非なる民族であることが手に取るようにわかる。ユーラシア大陸の東端にある島国と、大陸の「中欧」国家であるドイツとは地政学的条件もまったく異なるのである。陸続きで何度も国土を蹂躙された経験をもつドイツ人の不安心理は長い歴史経験からくるものであろう。

 本書を読んで、日本人とドイツ人のリスクにかんする意識の違いはわかった。もちろん日本人の「根拠なき楽観」は大きな問題だが、といって一概にドイツを礼賛する気にはなれない。なんだかナチスドイツに一斉になびいた戦前のドイツを想起してしまうからだ。こういう感想をもつのはわたしだけかもしれないが、「脱原発」については、日本はドイツのようにいかないことは本書を読んでよく理解できた。原発問題に関心のある人は、立場がどうであれ、ぜひ読むことをすすめたい。

真実?分かりやすくはありますが・・・。

 

概要としては分かりやすくまとまっているとは思う。が、真実までとはちょっと吹き過ぎでは・・・。国民性そのものの違いもあると思うが、それ以上に政治的なバックボーンを感じるのだが。

そうでないと、「アメリカは?」「フランスは?」というところの説明ができないような気がする。

ドイツではその選挙制度から半世紀以上で確か一度しか単独政権であったことはない。この状況と、全く逆の日本の状況、特に原発誕生〜各地に設置、という段階ではほぼ自民党の単独政権であったこととはまったく異なる。言い換えると、政治家の動き自体が「政権維持のため」かそうでないか。これにより国民への説明の仕方も当然異なるし、時々の与党側に常に「原発推進派がいた」というドイツと、「常に推進していた」日本。

つまり、今回の危機の直前までの国民的意識に相当の違いがあったのではないだろうか?

なぜドイツは「挙国一致」で「脱原発」になだれ込んだのか?

「3-11」の原発事故から一年たった。この間の顕著な政治的動きといえば、なんといってもドイツで「脱原発」が国是として「挙国一致」で承認されたことだろう。しかも、もともと物理学者で原発推進派であったメルケル首相が「転向」し、「脱原発」におおきく舵を切ったのはなぜか、原発事故の当事国に住む日本人としては大いに気になる疑問である。

 本書は在ドイツ20年以上のジャーナリストが書いた、「反原発」運動を軸にした戦後ドイツ史でもある。「宗教戦争」につづいて起こったのは17世紀に「ドイツ30年戦争」であったが、それを想起させるような「ドイツ原子力40年戦争」という表現を使用したドイツ史の見方が興味深い。

 いまから四半世紀以上前の1986年に発生したチェルノブイリ原発事故の恐怖は、遠く離れた日本でも大きな反響を起こしたが、風が吹く方向に位置しているドイツでは放射能被害が実際に発生したのであった。この点を抑えておかないと、なぜドイツでは反原発が国民レベルで盛り上がったのか理解できない。ドイツにとっては「9-11」のテロとならぶインパクトがあったのだ。「3-11」は、ドイツにとってパラダイムシフトとなったのである。

 著者が指摘するのは、まずはドイツ人の悲観主義と不安心理、リスクに対する敏感さといった基本的に変わらない行動様式である。その解説に加え、メルケル首相の変わり身の速さという現実主義と物理学者の科学的思考、連邦国家ドイツにおける中央対地方、地方への補助金の少ないドイツ、環境政党である緑の党、原子力規制官庁の独立性と州政府のつよい権限などが要領よく解説されている。そのいずれもが、現代ドイツの事情には詳しくないわたしのような読者には興味深い。

 

本書を読むと、先進工業国という共通性をもちながら、およそドイツ人と日本人は似て非なる民族であることが手に取るようにわかる。ユーラシア大陸の東端にある島国と、大陸の「中欧」国家であるドイツとは地政学的条件もまったく異なるのである。陸続きで何度も国土を蹂躙された経験をもつドイツ人の不安心理は長い歴史経験からくるものであろう。

 

本書を読んで、日本人とドイツ人のリスクにかんする意識の違いはわかった。もちろん日本人の「根拠なき楽観」は大きな問題だが、といって一概にドイツを礼賛する気にはなれない。なんだかナチスドイツに一斉になびいた戦前のドイツを想起してしまうからだ。こういう感想をもつのはわたしだけかもしれないが、「脱原発」については、日本はドイツのようにいかないことは本書を読んでよく理解できた。原発問題に関心のある人は、立場がどうであれ、ぜひ読むことをすすめたい。

熊谷徹の真骨頂。まさに時宜に沿った貴重な本である。

海外諸国の経済動向、政策などを紹介する本は数多もあるが、眉唾ものも少なくない。また、まあ大まかにはそうなのだろうなとは思いつつも、そこは違うだろうと突っ込みたくなるような本が多い。特にドイツ本は、私がドイツにて生活したこともあり、多くのドイツ紹介本は、それほど信頼できないなとの読後感を覚えている。そのような中、私が相当信頼しているのはこの本の著者でもある熊谷徹である。NHKのジャーナリストをしていたバックグラウンドがあるため、日本の状況にも精通しており、またドイツで20年以上も生活していることもあり、日本とドイツとを比較する視座がしっかりとしている。そして、ジャーナリストとしての切り口が鋭いので、この本のテーマのような政治的背景をしっかりと把握していないと考察できないものに相対すると、彼の強みが遺憾なく発揮される。私自身、ドイツの反原発という大きな社会のうねりを身近に感じていたのだが、著者の整理は大変、状況を理解するのに役に立つし、またその分析は説得力のあるものだ。著者の分析であるドイツ人は「木を見ず森を見て」、日本人は「木を見て森を見ず」というのは、私のドイツ生活の経験からもGenau(納得)である。このような本は熊谷徹ではないと書けなかったであろう。こういう優れたジャーナリストが、ドイツ在住で日本に発信してくれることを、私は個人的に大変有難いと思う。これまでも彼の著者は幾つか読んでおり、どれもそれなりに読んだ価値があったと思っていたが、本書はまさに傑作であり、著者のまさに真骨頂であると思われる。

福島原発事故の衝撃

ドイツのメルケル首相は福島原発事故に大きな衝撃を受ける。もともとメルケル首相は原子力発電を擁護してきた経緯がある。彼女は科学者出身で原子力にも詳しかった。そのメルケル首相は何故、反対派に「転向」したのか? 「ハイテク国家」と思われてきた日本でも制御できない原発は、ヨーロッパでも安全に管理・制御することが不可能との結論に達したのである。見識ある決断だと評価すべきだろう。経済性より、国民の安全と健康を重視するドイツ人の国民性から、日本も学ぶべき点が多いと著者・熊谷徹氏は指摘する。ちなみに、熊谷氏はドイツ在住のジャーナリストである。氏の指摘は強い説得力を持つ。

何が日本と違うのかを浮かび上がらせる「エッセイ」

現実的なメルケル首相の対応、1980年から活動する緑の党、German Angst (ドイツ人の不安)、といったキーワードから、ドイツが東日本大震災後に可及的速やかに原子力発電所の段階的廃止になぜかじを切ったのか、何が日本と違うのか、を分析というか歴史の振り返りと印象論から説明していく「エッセイ」です。どちらかというとドイツ人論に近い本でした。一部眉唾な論も含まれてはいましたが、概ね読み物としては面白く読むことができました。

ドイツ原発政策の詳細がわかる本

副題にもある通り、ドイツは原子力の是非について40年間の論争をしてきました。2011年3月の福島第一原発事故をきっかけとして、2022年までの原発全廃が決定しました。

本書は、ここに至る政治的経過について詳細に描かれています。加えて、ドイツ人気質について歴史やドイツ人哲学者(ハイデッガーやカント)などを紹介しつつ論じています。原発問題についての知識源としても本書は有益ですし、ドイツという国を理解することにも役立ちます。お勧め。日独比較文化論 

ドイツ人の不安

思いっきり反原発であった僕の意識が、逆説的にその考えを揺るがす本となった。始めの方は反原発についてコペルニクス的転回を繰り返す文章に飽きかけていたがメルケルの転向はまるで絶妙に波に乗るサーファーのように民意の波をうまくキャッチした有能な政治家であるところからだんだん引き込まれていった。

後半ではドイツ人気質の傾向にふれ、日々不安に追われるドイツ人が過度の潔癖性によるヒステリーにより、無我夢中に反原発に踏み切ったようにも見えた。でも僕は反原発だ。木を見て森を見ない日本人。この期に及んで活断層と疑われる地に原発があっても稼働しようとする電力会社。もう想定外では許されないということがなぜわからないのか?

個々人は家族をもたないのか?いつまで森が見えないのだろう。メルケルの転向について科学者による有識者リスク評価はいずれも問題は無かったがそれより原発「無」識者による人道的評価委員の評価を優先させた。それもメルケル独断ではないことを裏付けるための既定路線のバウチャー作りのため。バウチャー作りはたった2ヶ月。さらに数字での評価はしていない。日本ではリスクと利点の比較を行っているがドイツでは定量的な評価は行っていない。

実証主義ではなく理念や原則を重視した。でも国民は支持した。なぜそのような波が出来たのか。ドイツはチェルノブイリで被害を受けて反原発の意識が強く高まった。しかしそれはご多分に漏れず時の経過とともに薄らいでいき緑の党も現実路線を歩まざるをえなかった。原発前に稼働32年で廃止する法案ができるもののその法案は、休止中は経年カウントされず、かつ合法的に減価償却を超える32年の稼働を保証される物であり電力会社へのプレゼントとさえ揶揄された。

その後、原発後4ヶ月で10年以内の原発停止。過去の度重なる惨事により日常の生活でも「不安」に取り付かれているドイツ人。新聞でも狂牛病、鳥インフルに関する記事の多さでも伺える。もしくはかなり安全な国になってしまった故に微小な不安要素に対し敏感に反応しすぎている感もある。(ヴェーバー・フェヒナーの法則)

それゆえ不安に対して、ひどく敏感になっている。またドイツ人はリスクに対して、積極的に極小化に取り組む。

ドイツ人の平均保険料は日本人の1.6倍。ハイデガー:不安だけが、人間に開示の可能性を与えてくれる。しかし日本人は不安に思っていないか?ただ行動に起こさないもしくはしっかり対峙していないだけと思う。責任はなあなあに組織や政府に押し付けてフワフワとやってきた。個々人は真面目。過労死するほど。でもそれは木を見て森を見ないのと同じ。ドイツ人は森を見る。個人、家族、地域社会を重視して行動する。ドイツの脱原発化政策は、如何にして実現したのか。

日本では、原発再稼働に反対する人が多いのに、それが投票結果に反映されない。もともと物理学者出身で、原発推進派だったメルケル首相に福島の事故後、4ヶ月足らずで「脱原発化」を決意させたドイツの政治状況とは何かについて、ドイツ在住20年を超える著者が、非常に解りやすい語り口で語っている。

この本のメリットは、一つには、1980年に結党して以来、一貫して反原発を掲げ、強硬路線から現実路線に転換しながら、議席を増やし、政権の一部を担うまでに成長し、第二章「ドイツ原子力40年戦争」の結びにある様に、ドイツの脱原発化を「同党は、反原発派がデモや訴訟で達成できなかったことを、議会政治によって実現した」緑の党の活動の解説だ。

全原発の即時停止を求める原理主義派とより広い支持層を得ようとする現実派の葛藤、非常に多様な支持層、ドイツ統一時の危機、政財界からの反発と対応、離反したかっての仲間からの批判も含め、具体的で、要を得た説明は、分かりやすく、考えさせられる所が多い。

もう一つは、環境問題に対するドイツ人のこだわりの背景が、解説されている。

ドイツにおける再生エネルギー政策の詳細は、同じ著者の「脱原発を決めたドイツの挑戦」で詳細に解説されているが、何故ドイツ人がここまでのコストを掛けてまで再生エネルギーの比率を上げようとするのか、理解できなかった。チェルノブイリ事故時の具体的被害や、ドイツ人気質の説明で、やっと、ここまで犠牲を払ってでも再生可能エネルギーの比率を上げようとする理由が分かった気がする。

また、ドイツでの火力発電所の高性能化に対する反対運動のようなものは日本にはないから、日本と比べると面白い。具体例が多く、うまく整理されているので、非常に読みやすい。原発に反対している人だけでく、エネルギー問題に関心のある人すべてにとって一読の価値がある。

ドイツ在住インテリジェンスの検証

 

「理論物理学を専攻したメルケ首相は前政権の「脱原発政策」を推進政策に戻す対策を進めていたが,福島の事故がドイツ国民の座標軸の変化をもたらすことをいち早く察知し,純粋に市民の健康や財産に対するリスクを減らすためだけでなく,政治的生き残りのためにも,彼女は心の中で原子力発電所を廃止することを固く決意した」と著者は述べている.

ドイツの論理(ただし正しいとは限らない)がなんとなくわかった。 

ドイツがどうして脱原発を決めたのかを解説した本。何度読んでも、ドイツ国民の感情的、本能的なファクターが大きいとしか理解できなかった。メルケルは、この点で選挙民の感情に大きく訴えかけたということなのだろう。だから、ドイツの選択は、非常に人間的な選択だといえる。

あるべき神の似姿としての人間ではなく、動物的、本能的、恐怖におののく存在としての。逆に言えば、感情に流されることができるほど現在のドイツは満ち足りているということだろう。エネルギー安全保障は、外部(フランス、ロシアなど)で充足することができ、ロシアも安全保障上大きな問題はない。あたかも1980年代の日本を思い出す。

著者としてはドイツの判断を肯定的に描いているが、逆に私はドイツの選択が正しいとは到底思えなくなってしまった一冊。福島事故からわれわれが学ぶべきこと

著者の熊谷徹は在独ジャーナリストであり20年以上もドイツに在住している。

そしてドイツ・日本の両国に関して詳しく知っており観察力も鋭い。

本書の中で著者は、日本人について「異常に楽観的であり分析や対策というよりただ将来に希望をつなごうとする」とし、

それに対してドイツ人は「現実を直視する、悲観主義でリスク意識が高い」と述べている。だが、決してドイツ人を褒めて日本人を貶しているわけではない。

著者は自身の経験も交えたたくさんの切り口から、そして歴史的背景からもドイツ・日本を細かく対比し、原発事故が起きていない国と起きてしまった国の違いを分析している。

事故後もあまり原発についてリスク意識をもたずにいつも通り生活している日本人はそう少なくないと思う。

そんな日本人を見て、著者は昔から考え行動してきたドイツ人のように常に問題意識を持つこと、そして歴史から学ぶことが大切で、リスクに関する発想を改めないと我々は福島事故から教訓を学んだことにはならないと訴えている。

大事故を経験した日本人としてどうあるべきかを考える良い機会を与えてくれる一冊である。

11:43 2016/01/23

 


 

強い国家の作り方 欧州に君臨する女帝メルケルの世界戦略 単行本(ソフトカバー)  – 2014/9/20

ラルフ・ボルマン (著),    村瀬民子 (翻訳)  5つ星のうち 3.6     7件のカスタマーレビュー

内容紹介

ドイツ本国で大ベストセラー! 旧東ドイツ出身の物理学者にすぎないメルケルが、なぜ欧州に君臨する巨魁となったのか?ドイツを代表するジャーナリストが、その実像を鋭利な筆で暴きだす話題作、日本上陸!

 

旧東ドイツの物理学者から政治家へ転身! ドイツというよりはヨーロッパの盟主の 素顔とは?その手腕はヒットラーの再臨か?それともジャンヌ・ダルクか? 世界政治で活躍する欧州最強の政治指導者の秘密を探る!

第8代ドイツ連邦共和国首相アンゲラ・メルケルは、ドイツ統一前の旧東ドイツの女性物理学者だった。東西ドイツ統一後、保守政党であるドイツキリスト教民主同盟(CDU)の政治家になり、やがてヘルムート・コールのあとを おって党首に就任、2005年のドイツ議会選挙後、CDUとSPD(ドイツ社会民主党)の連立政権の首班となった。 2008年のリーマンショック後のユーロ危機、それに続くギリシャをはじめとする南欧諸国の経済危機でメルケルは、国内外でたくみな政治力を発揮して、これを乗り切った。今や彼女は新生EUを救った立役者として欧州最強の政治家の地位をゆるぎないものにしている。 本書は、まことに地味な社会主義国家の一物理学者が、ドイツを欧州で最も成功した経済大国に導き、 自身が世界政治のひのき舞台で活躍する政治指導者となった秘密を解明している。

 

内容(「BOOK」データベースより)

 

ドイツ本国で大ベストセラー!旧東ドイツ出身の物理学者にすぎないメルケルが、なぜ欧州に君臨する巨魁となったのか?ドイツを代表するジャーナリストが、その実像を鋭利な筆で暴きだす話題作、日本上陸! 登録情報

 

単行本(ソフトカバー): 256ページ出版社: ビジネス社 (2014/9/20)

言語: 日本語発売日: 2014/9/20

 目次

旧東ドイツ出身の、オペラ好きな女性物理学者

メルケルの決断は「ユーロ救済」

社会主義国から来たメルケルがなぜ「保守派」に

三・一一フクシマ原発事故後の素早い「脱原発」決断

「旧東ドイツ風リベラル」から「自由主義・資本主義」へ

メルケルは「二一世紀の戦争」にどう対応したか

ドイツの「国家理性」は今も「ナチス否定」

「福祉国家」のためにお金を稼ぐ資本主義

あざやかな「連立の魔術師」

ドイツをEUの盟主に押し上げる

「危機の時代」に光るメルケルの統治力

 

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メルケル首相を肯定的に捉えた良書

 

ドイツ初の女性首相のメルケルとドイツ人全体を思いがけなくも肯定的に、ポジティブに捉えた良書。マスコミによくある辛口批判を期待して読むのは的外れだろう。自国の首相に対する意外に温かい書きぶりにある意味驚かされる。訳文はかなり平易な印象だった。

 

デルボスケ的政治手法

基本的に原著が国内読者向けなので、ドイツ国内の政局ゴシップに通じていないと理解できない内容も多々ありますが、そこは尻込みせずに知らない固有名詞はすっ飛ばして読めば、メルケルの歴史的な背景や考え方、趣味や主義について有益な情報を得られると思います。

メルケル首相を肯定的に捉えた良書

ドイツ初の女性首相のメルケルとドイツ人全体を思いがけなくも肯定的に、ポジティブに捉えた良書。マスコミによくある辛口批判を期待して読むのは的外れだろう。自国の首相に対する意外に温かい書きぶりにある意味驚かされる。訳文はかなり平易な印象だった。

他の本と違って読みやすいと感じました。メルケルがどういった人物かはこの一冊でわかると思います。

話題のメルケル首相

 

近頃来日したメルケル首相。日本語で読める、信頼できる筋の書籍が無いので、彼女の人となりを知るのに大いに役に立った。

デルボスケ的政治手法

基本的に原著が国内読者向けなので、ドイツ国内の政局ゴシップに通じていないと理解できない内容も多々ありますが、そこは尻込みせずに知らない固有名詞はすっ飛ばして読めば、メルケルの歴史的な背景や考え方、趣味や主義について有益な情報を得られると思います。

翻訳が読みにくい

いわゆる直訳ばかりで、日本語の文章になってない感じです。邦題は、内容と合っていません。

とても良くわかりました!

 

丁寧な文章で読みやすく、メルケルのすごさが良くわかりました!

退屈でつまらない

ドイツを代表するジャーナリストがその実像を鋭利な筆で暴きだす話題作、との触れ込みだが、ただ事実関係が書かれているだけで盛り上がりも主張もなく退屈途中で投げ出したくなるし、読み終わっても何も残らない

11:44 2016/01/23

 

 

 

 

差出人: 村沢淳子(おひさまエネルギーファンド株式会

社) <mailnews@ohisama-fund.jp>

送信日時:       2016年1月22日金曜日 16:15

宛先:   takita@po.synapse.ne.jp

件名:   事業見学ツアーのご案内~おひさまファンドメ

ールマガジン 16.1.22

こんにちは。

おひさまエネルギーファンド 営業部、村沢 淳子です。2016年も早いもので3週間が過ぎました。

遅ればせながら、本年もよろしくお願いいたします。

 

昨年12月末には、「地域MEGAおひさまファンド」と「おひさまファンド7(SEVEN)」、

及び初年度分配である「信濃の国おひさまファンド」の事業報告及び現金分配を実

施し、

無事に全て当初計画を充足する金額を分配することができました。

そして、新年始めとして、銀座での自然エネルギー報告会を無事に開催できました

ので

ご報告します。

また、3月に事業見学ツアー(出資者ツアー)を開催し最新情報をご説明する予定

ですので、ご案内いたします。

 

「みんなとおひさまファンド」資料のご請求フォームはこちら(募集締切2016年3

月1日)

https://ohisama-fund.jp/cgi-bin/req-fund8/

それでは、今回のトピックです。

◇東京の「銀座NAGANO」にて自然エネルギー報告会を開催しました

◇事業見学ツアー(出資者ツアー)のお知らせ

◇「みんなとおひさまファンド」出資募集&現地事業説明会のお知らせ

◇「みんなとおひさまファンド」進捗と出資者の声をご紹介します

 

<<"あなたのお金が社会を変える" 「おひさまファンドメールマガジン」>>

   2016/01/22FRI   http://www.ohisama-fund.net/

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1. 東京の「銀座NAGANO」にて自然エネルギー報告会を開催しました

1月11日、東京銀座にある長野県の情報発信拠点“銀座NAGANO”で「自然エネルギー報告・交流会」を開催しました。長野県内で行われている地域自然エネルギー事業や、おひさま進歩が取り組んでいる事業について報告するとともに、みなさまの意見をお聞きして交流を深めようと初めて企画しました。当日はスタッフ含む25名程度で、和気あいあいの雰囲気の中行うことができました。

前半は、県内でエネルギー事業に取り組む自然エネルギー信州ネット事務局の小田切奈々子さん、NPO法人上田市民エネルギー理事長の藤川まゆみさん、おひさま進歩エネルギー株式会社 執行役員の谷口、以上3人から各地の事業報告を行いました。信州ネット内のネットワークの拡大、上田での「相乗りくん」事業の広がりに感心しました。

後半は、イスを車座にぐるりと並び替えて意見交換会です。事業説明への質問、自然エネルギー事業についての想いなどをお聞きしました。参加者からは、「おひさま社が太陽光事業だけでなく省エネ事業も組み合わせた理由は?」「ネットワーク形成のプラットホームである信州ネットが、鬼無里で実際の事業を手がけたのはなぜ?」

「おひさま0円システムの仕組みを詳しく知りたい」「おひさま社のスタッフは、どんな人たちがいるの?」など、幅広いご質問をいただきました。

当日の様子はこちら

→ http://blog.canpan.info/ohisama-shinpo/archive/237

2. 事業見学ツアー(出資者ツアー)のお知らせ

 

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おひさまファンドの出資金を活用している発電事業を見学する「おひさま発電所事

業見学ツアー」。

13回目となる今年は、3月26日(土)、27日(日)に開催します。

ただいまツアーの参加者を募集中です!

 

1日目は、飯田市で7年に1度だけ開催される大祭「飯田お練りまつり」を見学し

ます。

迫力ある屋台獅子や大名行列が街を練り歩きます。

夜の宿泊は、南アルプスを望む温泉施設です。

地産地消料理を囲んで、おひさまスタッフも交えた懇親会をおこないます。

 

2日目は、中学生の提案をきっかけに太陽光パネルを設置したばかりの「飯田市立旭ヶ丘中学校」など3ヵ所を訪問して、関係者から事業についての説明を直接お聞きします。おひさま発電所の最新事例をじっくり見学して、飯田の伝統芸能や食文化も堪能できる

盛りだくさんの内容です。

 各ファンドへご出資いただいている皆様、出資を検討中の皆様、弊社の事業に関心をお持ちの皆様のご参加をお待ちしています。

参加を希望される方は、下記URLの申込書にご記入の上、FAXまたは郵送で

南信州観光公社へお申込みください。

http://ohisama-energy.co.jp/wp-content/uploads/2016/01/d694154c8230a67127

8d7203555f4b1e.pdf

 

【おひさま発電所事業見学ツアー 飯田お練りまつり&おひさま発電所へ】

 

開催日:平成28年3月26日(土)27日(日) ※1泊2日

旅行料金:21,000円(3~4名以上1部屋利用時)

申込締切:平成28年2月26日(金)

定  員:先着25名

 ◆日程

3月26日(土)

13:20 JR飯田駅 駅西広場に集合

飯田お練りまつり見学、宿泊先で懇親会  宿:松川町清流苑

 

3月27日(日)

おひさま発電所見学

(1)さくらファーム(木質燃料ボイラー・省エネ機器導入)

(2)飯田市立旭ヶ丘中学校(メガさんぽ2015事業)

(3)飯田山本おひさま広場(メガさんぽ2014事業)

 ※それぞれの場所で関係者からお話を聞きます

地産地消ランチ(リストランテ・ココリズム)

昼食後、りんごの里、JR飯田駅で解散

 申込み・お問合せ:南信州観光公社(電話0265-28-1747/FAX0265-28-1748)

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3. 「みんなとおひさまファンド」出資募集&現地事業説明会のお知らせ

 

(長野県大町市、兵庫県三木市、三重県伊賀市、鳥取県鳥取市)

 

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おひさま進歩エネルギー株式会社にとって、9つ目の市民出資による自社事業、

「みんなとおひさまファンド」を現在募集しています。

今回は、多くの部分が各地域の市民事業を応援するファンドとなっており、

兵庫県三木市(M)、奈良県生駒市(I)、三重県伊賀市(I)、長野県飯田市と

大町市(Na)、鳥取県鳥取市(To)の全国6カ所で、頭文字をとって名付けま

した。

今回出資いただいた方には、特別記念の取組みとして、各地域からの地場産品プレ

ゼントを

企画しています。 

「みんなとおひさまファンド」資料のご請求フォームはこちら(募集締切2016年3

月1日)

https://ohisama-fund.jp/cgi-bin/req-fund8/

 「みんなとおひさまファンド」の事業や出資の説明会を、発電事業を実際に進めて

いる各地

で開催します。

事業の現地見学をはじめ、講演会や映画鑑賞会など様々なイベントと共催になって

いますので、

ぜひご参加をお待ちしております。

  ◇各説明会の日程――――――――――――――――――――

 

 |  ★長野県大町市 現地説明会★

 |2月19日(金)14:00~ 大町市松崎公民館(仮)

 |           (長野県大町市社 JR大町駅より徒歩15分)

 |※現地での大規模発電所の竣工式と連続開催となります。

 

 |  ★兵庫県三木市 現地説明会★

 |2月18日(木)15:00~ 現場説明+事業説明会

 |           (兵庫県三木市口吉川町蓮花寺  新神戸駅より車で1

時間)

 |                                 共催:NPO法人播磨の国おひさま進歩

 |                                    (TEL 0794-60-3843 )

 

 |  ★三重県伊賀市 現地説明会★

 |2月21日(日)14:00~ ハイトピア伊賀3F(映画鑑賞+事業説明会)

 |           (伊賀線上野市駅となり 高速バスターミナルあり)

 |               共催:合同会社三重あおぞらエネルギー

 |                                    (TEL 0595-22-8238 )

 ★鳥取県鳥取市 現地説明会★

 |2月13日(土)11:00~ 鳥取県立福祉人材研修センター 第2研修室

 |                         (JR鳥取駅より日ノ丸バスで鳥取医療センター入口下車)

 |             共催:株式会社 市民エネルギーとっとり

 |                             (TEL 070-5554-5813 )

 |――――――――――――――――――――――――――

 

いずれも入場無料・予約不要です。

但し、大町市、三木市につきましては、アクセスや詳細時間等をご説明する必要が

あります

ので、本メールに返信、または当社までご連絡ください。 

その他、全てのお問い合わせは、おひさまエネルギーファンド株式会社までご連絡

ください。

(TEL:0265-56-3710、FAX:0265-56-3712)

 

※各説明会では金融商品の勧誘・リスク説明等の内容が含まれます。

※なお、会場には駐車場がそれぞれ用意されていますが、なるべく公共交通機関等

をご利用ください。

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 4. 「みんなとおひさまファンド」出資者の声をご紹介いたします

 

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 「みんなとおひさまファンド」の1月22日時点での募集状況です。

合計179名の方より、1億7320万のご出資をいただいております。

貴重なご出資を賜り、誠にありがとうございます。 

「おひさまファンド」にご出資いただいた方で、「出資者の声」としてお寄せ

いただいた方の中から、メッセージをご紹介させていただきます。

(メッセージ/記載名/ご所在/性別/年齢/今回応援したい指定地域)

 ●安心安全。市民みんなで作るエネルギーにささやかでも希望の一灯になれること

に幸せと思い。

(くりはら とし子、兵庫、女性、76歳、奈良県生駒市)

 

●おひさまのエネルギーでクリーンな電気がたくさんできますように。

(西口和真、兵庫、男性、10歳)

 ●再生可能エネルギー100%の社会の早期実現をめざそう!

(山崎博文、大阪、男性、63歳、鳥取県鳥取市) 


●おひさまファンドをきっかけに自然エネルギーに敬意を持ち、電気使用方法の反

省してます。

(Y.I、長野、女性、46歳、長野県)

 ●ソーラー発電の重要性と恩恵-国を挙げての認識の深まりと実際の巾広い普及

を願って!

(倉品光雄、奈良、男性、74歳、奈良県生駒市) 

この他にも多数のメッセージをいただいています。

ホームページよりご覧ください。

http://www.ohisama-fund.net/#!massage-minnnato/c1dsw

http://ohisama-energy.co.jp/fund/consumersvoice/

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 おひさまファンドは、出資者の皆様と共に、今後も自然エネルギーの普及に

取り組んで参ります。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

また、出資の募集とともに、「出資者の声」を募集いたします。

出資の際には、皆さまのご意志をぜひ「出資者の声」としてお寄せください。

(「出資者の声」はホームページ、メルマガ、紙媒体等でご紹介させていただきま平成28年1月23日 

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