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2016年3月 7日 (月)

世界一幸福な国デンマークの暮らし方 ・第三章『みにくいアヒルの子をいじめたのはなぜ?』―― 教育を考える・・デンマークの国民学校法とは・74頁・国に必要な人を育てる・76頁・義務教育に学ぶべきこと・79頁・教科書の指定がない授業・81頁・


引用


デンマークの国民学校法とは・74頁・

16/3/7 9時30分・


・日本の教育基本法に相当するデンマークの国民学校法を紹介しましょう。74・


75頁・第1条・


・1・国民学校は、保護者と協力して生徒個々の全人格的な発達を促すため、生徒の知識、技能、学習方法、表現力を高めることを課題とする。


・2・国民学校は、経験や実践活動で理解を深める機会を設け、生徒の自覚、創造、学習意欲を涵養させることにより、生徒自身の可能性や独自で判断し対処できる自信と持たせるよう努力する。


・3・国民学校は、生徒にデンマーク文化を熟知させるとともに、異文化や人間を取り巻く自然環境への理解を深めるように努める。


・4・学校は、生徒に自由と主権在民の基盤となる社会の中での連帯責任と連帯決定権、ならびに権利と義務を教える。75・


76頁・・5・ゆえに、学校での教育と日常生活に対する教育の基本姿勢はすべて精神的に自由で人間として同等の価値観、民主主義に基礎をおく。


デンマークの国民学校法で強調されていることは、学校と保護者とが連帯感を持つ、生徒個々の個性を尊重する、学習は実戦に重きをおく、生徒に想像力・判断力を持たせて自信をつけさせる、社会性・民主主義を実践として教えることです。


これが、社会福祉国家を継続維持していく国民の教育です。障害児教育も同一の国民学校法のもとで行われます。76・


国に必要な人を育てる・76頁・


16/3/7 10時26分19秒・


格差社会、偏見、差別、いじめ・・・、これらはすべて国民教育に責任があります。76・


77頁・それでは教育のあり方について考えてみましょう。

就学前教育機関の0~6歳児は、子どもが自然に発達成長する時期です。人格の約80%は生まれてから6歳くらいまでに形成されると言われています。

この大切な時期に読み書きや習い事などは、強制しない方がいいのです。

幼児が自由に、自然に生きるように保育するとともに、個人の責任や、社会の一員としての連帯感、責任感を躾けることが大切です。

デンマークでは、保育園は0歳から3歳まで、幼稚園は3歳から6歳までとなっており、6歳から7歳までの子供は国民学校に付属する幼稚園学級に通います。幼稚園学級はゼロ年生と呼ばれています。現在では、保育園と幼稚園を統合している施設が多々ありますが、保育園のみは少なく、むしろ保育ママ(委託保育)制度がよく利用されています。通常、保育園には時間割はなく、その日の天候に合わせて日課が組まれます。


おおよその日課は、次のとおりです。

六時~八時出勤する親に連れられて子どもたちが集まります。朝食を食べていない子供に朝食を与える以外は自由に遊ばせます。77頁・


78頁・九時~十一時・全員が集まったところで歌を歌い、天候に合わせてその日何をやりたいかを子供たちと決めます。


十一時~十三時・昼食。その後、保育園児は全員お昼寝用の木箱のベッドで寝ます。悪天候と厳寒期(零下10度くらい)以外に日は、必ず屋外で昼寝をさせます。

十三時~十四時・各グループで絵、工作、音楽、読書、ダンスなどさまざまな活動が行われます。


十四時~十五時・午後のおやつの時間です。おやつは持参するのですが、果物を持ってくることが多いです。おやつを食べている頃からポツボツと親が子供たちを迎えに来ます。

職員は子どもたちの送迎時に親と情報項を交換し合います。78・


79頁・注目すべきは、おやつの時間です。おやつは各自が家庭から持ってくるのですが、そのおやつを子供たちは分け合って食べます。たとえばAちゃんがバナナ、Bちゃんがリンゴ、Cちゃんがブドウを持ってきたとすると、これらをそれぞれ切り分けて、分け合うのです。おやつの食べ方を見ても、連帯の芽生えているのが分かります。


保育園、幼稚園は今まで家庭にいた子供が初めて接する社会です。早く社会の一員となる一番良い方法は遊びです。それゆえ、デンマークでは遊びを通して様々なことを教えているのです。79・


義務教育に学ぶべきこと・79頁・


16/3/7 11時13分33秒・

デンマークの保育園と幼稚園は有料で、利用者は三分の一の費用を自己負担します。79・


80頁・前述しましたが、就学前教育では読み書きより自由な遊びに重点を置いています。

国民学校には幼稚園学級が設置されており、六歳になるとほとんどの子供が幼稚園学級に入学し、一年間学びます。

2009年から幼稚園学級も義務になり、デンマークの教育に義務期間は10年になりました。

幼稚園学級の後、子供たちは国民学校の一年生へと進みます。国民学校は日本での小・中学校に相当します。ただし、小・中学校の区別はなく、小中一貫教育と言ってもよいでしょう。


・国民学校法(教育基本法)によると、「学校は親と協力して生徒個々の個性と素質を育み、社会性を身につけさせ、民主主義を徹底して教える」ことになっています。「人よりも、人よりも」と言った競争原理の教育を否定しているので、成績順を決めることは絶対にしません。自由、平等、共生、連帯を実践として教えるので、子供たちはこの10年間で民主主義、主権在民を身につけるのです。


もちろん、義務教育ではない高等学校以上の教育においては、勉強重視、成績重視の自由競争で大いに結構です。実際、デンマークも勉強が重視されています。80・


教科書の指定がない授業・81頁・


さて、日本とデンマークの生徒の大きな違いの一つに、学校に見学者が来た時の生徒の様子が挙げられます。

日本の学校の居王室に見知らぬ人がやってきて、机の間を歩き回り、ノートなどをのぞき込まれタラ、緊張して落ち着きがなくなり、集中できなくなる子どもの方が多いのではないでしょうか。

一方、デンマークの生徒は、ほとんど気にせず、自分の課題に集中しています。81・


82頁・デンマークの生徒は自己をしっかり認識しているので、他人にあまり干渉しないのです。

さて、そのような生徒を育てている国民学校についてお話ししましょう。

前述しましたが、デンマークの国民学校は10年間です。

国民学校の一クラスの定員は約28名です。それ以上の生徒を一人の教師で見るのは不可能と考えられています。

デンマークの教師は、まずクラスで一番遅れがちな子供を落ちこぼれないようにすることに力を入れます。

デンマークには国定教科書がありません。一年間で教えなくてはいけない事柄は決まっていますが、それを満たせるのならば、教師が選んだ教材が使えます(ただし、生徒や親、教師などが集まる学校理事会で承認されなければなりません)。

教師は最善の教科書を選ぶのですが、全員に対応できないという現実があります。その時は、生徒に合った別の教科書を使ったり、補助教員をつけたりするのです。そのため、複数の教科書(教材)が用意され、授業に使われています。82・


83頁・クラスごとに使用する教科書が異なったり、教育の義務期間の10年間を低学年部(0年生~3年生)、中学部(4年生~6年生)、高等学部(7年生~9年生)と同年齢層を集めた中で学年別にクラスを編成する学校もあり、学校ごとに特色があります。

・一般的には、一年生から六年生まではクラス替えもなく、同じ先生が担任なので、学校と保護者、生徒の関係はとても密接です。

・もし、先生と合わなかったときは、各学年二クラスが二つくらいあるので、違うクラスへ行きます。それでも合わないときには、教師が悪いのか生徒が悪いのか、合わない理由を探し出します。

何らかの理由が生徒の方にあるときは、その理由を考慮して学校を変えます。教師の転任はありませんが、教師自身の希望により転勤する学校を変えることができます。83・


・世界一幸福な国デンマークの暮らし方 ・第三章・  「義務教育」と「教育の義務」との違い・83頁・・登校拒否には理由がある・85頁・好きなことを勉強させる・86頁・

http://amamioosoma.synapse-blog.jp/yosiharu/2016/03/post-7568.html

14:50 2016/03/07


・世界で一番幸せな国・デンマーク・第3章・・役職ポストは公募制・99頁・

http://amamioosoma.synapse-blog.jp/yosiharu/2016/03/post-481c.html

15:55 2016/03/17


ここまで

世界一幸福な国デンマークの暮らし方 ・第三章『みにくいアヒルの子をいじめたのはなぜ?』―― 教育を考える・・・「みにくいアヒルの子」69頁・

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6:22 2016/03/07


こまで

 


第三章『みにくいアヒルの子をいじめたのはなぜ?』―― 教育を考える・・・

平成28年3月6日 日曜日

 「みにくいアヒルの子」69頁・


アヒルのお母さんが卵を温めて、黄色い可愛いひなたちを返していきました。しかし、最後の一羽だけがなかなか顔を出しません。ようやくかえったひなは、灰色でからだの大きいみにくい子でした。


みにくいアヒルの子はどこへ行ってもいじめられ、仲間はずれにされました。

最初はかばっていたお母さんでさえ、みにくいアヒルの子を見て、ため息をつくようになってしまったのです。

「ボクがみにくいから、いけないんだ」

そう悩んだ挙句、みにくいアヒルの子はある日、逃げ出すことにしました。当てもなく飛び出し、歩きさまよいました。しかし、みにくいアヒルの子はどこへ行っても「なんて、みにくいんだ」いじめられてしまうのです。69・


70頁・16/3/7 5時13分29秒・

みにくいアヒルの子は人目につかないところに隠れて眠り、起きては逃げ続けました。

あるとき、ネコとニワトリと一緒に住んでいるお婆さんに飼われることになりました。最初は居場所が出来たので部屋の隅でひっそりとしていましたが、窓の外の世界が恋しくなりました。すがすがしい空気とお日様の光を浴びながら、水の上を泳ぎたくてならなくなったのです。

ニワトリに相談したところ、お婆さんがせっかく親切にしてくれたのに、そんなことを言い出すなんて恩知らずだと怒られました。

でも、みにくいアヒルの子は外に出たいと思い、お婆さんの家から出ていきました。

ある秋の夕方、みにくいアヒルの子は美しい白鳥が飛んでいる姿を見たのです。自分もあんな鳥になれたら、どんなにか幸せだろうと、タダため息をつくのでした。

やがて冬が来て、アシの茂みの中で冬眠でもしているかのように、じっと寒さを耐えしのぎました。70・


71頁・春を迎えた時、みにくいアヒルの子は日差しに誘われて羽ばたきをしてみると、体が浮かび上がりました。飛べるようになったのです。

夢中で空を飛んで、アヒルの子は空からリンゴの花を眺め、リラのにおいを楽しみました。その時、茂みの中から真っ白な三羽の白鳥が現れました。

みにくいアヒルの子は、みにくい自分が近寄って行ったら殺されるかもしれないと思ったものの、これからもひどい目にあるなら、あの美しい白鳥に殺されたいと願いました。

みにくいアヒルの子は殺されるのを覚悟して、白鳥に近づいていきました。もう、いじめられることに疲れ切っていたのです。

しかし、ハクチョウたちは周りに集まってやさしく「新しいかわいい仲間さん」と呼んでくれたのです。

びっくりしたみにくいアヒルの子が水の上に目を落とすと、そこには光まばゆい、あこがれていた白鳥の姿をした自分がいるのです。71・


72頁・


人は見た目で判断する・72頁・


平成28年3月7日 月曜日・

「みにくいアヒルの子」はアンデルセンの自叙伝ともいわれています。


集団には、見た目が異なると受け入れようとしない得体のしれない力が働くようです。同じ類のものが連帯して異質なものを排除しようとする動き、マイナス思考の連帯が「いじめ」となるのです。

異質なものには、大きく分けて二つあります。一つは外見が集団の中で異様に見えるものと、もう一つはない面が異なるものです。外見が異なるのがみにくいアヒルの子であり、内面が異なるのはいろいろな才能が人より秀でていたアンデルセンでした。

いじめをなくすにはマイナス思考の連帯感を持たせないように、子供の頃からの教育をしっかりとする必要があります。

民主主義は、多数決とか絶対多数とかで相違を決めるように定義づけられていると思われがちですが、本当の民主主義には少数派(マイノリティ)も正しと認める柔軟性がなければなりません。72・


73頁・幸福度世界一の国民は、子どものときから真の民主主義を言葉でなく、実際に身につける教育を親から保育園や幼稚園、学校で受けています。異質な人を排他的に見るのではなく、自分とは異なる個性を尊重しながら、個人と個人の繋がり、社会性を教えているのです。

アヒルの兄弟は、きっと学ぶ機会がなかったのでしょう。自分と違うものは格下だという狭量だったゆえに、平気でいじめをしてしまったのです。

デンマークにもいじめはあります。でもそれは、昔ガキ大将にいじめられたといった類のものです。追いつめて人を死に至らしめるような陰惨ないじめはありません。73・


自分の生き方は自分で決める・73頁・


16/3/7 9時6分54秒・

みにくいアヒルの子は親から見放されたと思い込み、アヒルの家族から逃げていきました。

アンデルセンは14歳の時、最愛の母と別れ、貧しい生活から逃れたいという大きな夢を抱いて、コペンハーゲンへと旅立ちました。73・


74頁・アンデルセンのお母さんは、アンデルセンを職人にしたいと思っていましたが、本人は俳優になりたいという気持ちを受けいれました。

きっかけは違えども、両社とも自分で自分の考え方や生き方を決めたのです。親は、子供を自分の所有物にせず、子どもの自由、自己決定を尊重しなければなりません。


子どもがいきたいと思う道を歩ませられる親、子ども気持ちを理解する親になりましょう。単なる学歴社会のための無理な進学を強いることは愚の骨頂です。

自然界に目を向けると、厳しい自然条件の海岸や高山には言えている樹木は、天候に左右され、真っ直ぐに伸びることはほとんどありません。子供たちも必要以上の過酷な条件を突きつけると、それを受け入れることができなくなり、キレてしまうのです。


ここまで

 

 

 

人は見た目で判断する・72頁・

自分の生き方は自分で決める・73頁・

デンマークの国民学校法とは・74頁・

国に必要な人を育てる・76頁・

義務教育に学ぶべきこと・79頁・

教科書の指定がない授業・81頁・

「義務教育」と「教育の義務」との違い・83頁・

登校拒否には理由がある・85頁・

好きなことを勉強させる・86頁・

高校の授業が分かる人は三割程度・88頁・

高校への進学率は約45%・91頁・

在学中にしっかり実習経験を積む・94頁・

大学全入は大きな無駄・96頁・

役職ポストは公募制・99頁・

デンマークには勤務評定がない・100頁・

教師と生徒が寝食を共にする・102頁・

引用


出した分だけもらわなくては損?130頁・平成28年3月6日 日曜日・

日本は経済力があります。日本国民はデンマーク人と変わらぬほどのお金を持っているのに、税金を支払えないのはなぜでしょうか。

それは、病気をした時のために、教育のために、老後のために、自分で貯金をしているからです。デンマークのようにみんなで税金として出し合い、必要な人に分配すればいいのです。

しかし、それができないのです。なぜなら日本人は出した分だけもらわなくては損と考えるからです。この考えがある限り、余分に出そうとしないのです。

でも、よく考えてください。130・


131頁・たとえば介護保険。隣の家にホームヘルパーが週に五回来ているのに、うちは一回しか来ないと、不満を抱いている人はいませんか?


一回しか来ない、あるいは全然来ない方が、より健康的で幸せな生活を送れているのではないでしょうか。五回も来てもらわなければならない人は、自分でできないことが多いのです。


回数の少ないことに不満を抱くのは、ホームヘルパーをお手伝いさんだと思い、自分がラクになれることしか想像しないからです。また、「人よりも、人よりも」良い生活がしたいという思いが強すぎるのです。すると、「お宅は週何回、うちは・・・」と、絶えず比較してしまうのです。日本人はどうしても目先のこと、今の問題だけ考えているように思えてなりません。


アンデルセンや国民高等学校の創設者グルントヴィ、デンマークの哲学者キルケゴールは同じ時代の人たちです。この時代、1700年代から1800年にはフランス革命が起きています。国民の生活をみんなが考え始めた時代です。

日本は今飽食の時代で、食べ物が余っています。一方で、食糧難の国がいっぱいあり、アフリカでは七秒間に一人、子どもが死んでいます。131・


132頁・日本では、コンビニエンスストアやレストランで捨てられる食料があります。このようなムダを生んでいることに疑問を抱かなくてはなりません。


自分だけが良ければいいのでは、決して国はよくならないのです。132・


自由、平等、連帯、共生、・132頁・平成28年3月6日 日曜日・


不平等なことを故意に平等にしているような事柄が、日本にはたくさんあります。本来平等でないものを平等と扱う。あるいは平等と理解させるところに無理があると思うのです。逆に、選挙権、被選挙権を得る年齢を同じにすべきところなのに、年齢差をつけます。


平等とは、人間は年齢、性別、障害があるなしに関わらず、さまざまな権利を平等に持つということです。しかし、それはまったく同じと言うことではなく、その人に適した権利が平等にあるということなのです。132・


133頁・権利は平等に持っていても、権利獲得あるいは権利行使はその人に合ったものでなくてはならず、それが公平な権利と言うものなのです。

障碍者雇用促進法は、ある意味で逆差別ともいえるでしょう。障碍者の経済面、生活面の保障は、就労時間以前に十分な障害者年金などの支給で解決すべき問題なのです。

障害者にできない就労を強いることではないのです。その他にも、電車の優先席や女性専用車両、そして凹凸の大きい点字ブロックも西欧の目から見ると逆差別です。

なぜ、電車に優先席ができたのでしょうか。


お年寄りや体の弱い人、障害のある人などに電車の中で席を譲るのは当然なことです。優先席は「この電車ではだれもお年寄りや妊娠中の女性、あるいは障害者のある人に席を譲る人がいません」と言っているようなものです。女性専用車両は「女性に悪さをする男性がいるから気をつけなさい」と宣伝しているようなもので、本当は恥ずかしいことなのです。

視覚障害者が自由に家の外を歩けるようにするため、点字ブロックは大きな助けになります。133・


134頁・しかし、視覚障碍者より多い人口に占める人たち、幼児、肢体不自由者、高齢者は点字ブロックは逆に障害になります。なぜなら、空港、駅、一般歩道にある点字ブロックは、凹凸が大きすぎるからです。

福祉先進国の北欧では段差の大きい点字ブロックは使わず、歩行するすべての人に配慮がなされています。

一方、日本の展示で感心するのは公共物、エレベーターの階を示すのに点字があることです。また、缶ビールにも点字があるのには感銘を受けました。

利便性を追及したり、風潮を制度で是正しようとすると、思わぬ差別と引き起こします。自分だけよい思いをしようとした赤い靴を履いたカーレンは、その罪に対して責任をしっかり取りました。


日本が「幸せな国」へ近づく第一歩として、あなたの中で自由・平等・連帯・共生の意味をしっかり認識する人用があります。そして、実生活の中で、いつの間にかできてしまった「与えられた常識」を、もう一度自分の目で見直す必要があるのです。134頁・平成二十八年三月六日・

平成28年3月4日

第4章終わり・


世界一幸福な国デンマークの暮らし方 千葉 忠夫・第4章・ビザの公平な分け方・122頁・から

http://amamioosoma.synapse-blog.jp/yosiharu/2016/03/post-3ec7.html

14:36 2016/03/05


ピザの公平な分け方・122頁・

16/3/5 13時52分8秒・

日本も将来的には社会福祉国家を目指して、医療保険、介護保険なども直接税に吸収されることが望ましいと考えています。


納税は相互扶助、連帯感の証であり、住みよい国をつくるための基盤です。

デンマーク国民が納めた税金が、国民にどのようにして平等に分配されるのか、図で説明してみましょう(125頁参照)。図は一枚のピザを三人で分けて食べるとこの平等な分け方です。


図2は、一枚のビザをAさん、Sさんの三人で同じサイズに切り分けました。三人とも等しく分配する。この考え方が日本の一般的な平等に対する理解です。では、図3を見てみましょう。


図3では、Aさん、Bさんのピザが大きさは同じではありません。なぜ、このような分け方になるのでしょうか。


それは、Aさん、Bさん、Cさんの三人のうち誰が一番お腹が空いているか(誰が一番必要としているか)を話し合ったからです。その結果、お腹が空いているCさんにビザが大きくなりました。Bさんはあまりお腹が空いていないので、少なくても満足なのです。123・


124頁・ただし、ピザを多く食べたからと言って、Cさんの支払額が大きくなるわけではありません。支払額は、それぞれの州に夕に応じて決める、いわゆる累進課税制度と言うのがポイントです。

これがデンマークにおける平等の理解です。

図2と3は日本とデンマークの平等と言う言葉への理解の違いを示しているのです。デンマークでは社会的に平等と言う言葉は、公平と言う言葉に置き換えられます。公平は社会の連帯につながっています。

ピザは自分が食べた分を支払うのではないと言いました。つまり、社会から支援を多く受け取ったからと言って、税金が高くなるわけではないのです。それぞれの収入に応じて税金を納めるという社会の合意があるのです。だから、公平とは、デンマーク人たちが連帯する民意につながっているのです。


前述しましたが、デンマークでは教育はすべて無料です。では、無料なら全員が大学へ進学するかと言うと、そうではありません。医療費が無料だからと言って、わざと病気になる人はいません。無料だから全員同じ処遇を受けることを平等とは言わないのです。平等と言うのは、その人その人に会ったものが与えられる、あるいは分け合うことです。要するに公平と言うことです。126頁・


一人で持てないものは二人で持つ・126頁・16/3/5 14時59分5秒・

では、連帯はどのように身につけていくのでしょうか。

たとえば、幼稚園で子供が一人では持てないものを「持ってきて」と頼んだ時、「持てない」と子供がぽっぽりだしそうになったら、もう一人の子に「手伝ってあげて」と言います。「二人だったら持てるでしょう」と。すると、ほっぽりだそうとした子どもも、「それじゃあ」と、もう一度チャレンジします。いっしょに「よいしょ!」と二人で持ってくるのです。一人ではできないことも二人でやればできる、これが連帯の始まりです。

デンマークが高福祉高税となっているゆえんは、個人個人では障害者、あるいは高齢者の保障ができないからです。126・


127頁・だから、みんなが所得の50%近くの所得税と消費税25%を支払っているのは、連帯そのものなのです。

共生とは、動物も植物も人間含めて、すべてが一つの社会で生きていくことです。

人間社会においては子供から高齢者、お金持ちから貧困者、障害がある人・・・、すべての人が一つの社会で生きています。すべてが同じ社会で生きていくためには、連帯感がなければなりません。

おとなになると、能力や考え方に差が出てきます。その中で、連帯感は累進課税の考え方で補います。つまり、ちょっとハンディを付けるのです。そこには、平等(公平)の考えがプラスされているのです。

・平等が身について、初めて連帯も同時に実践できるのです。それぞれが孤立しているのではなく、それぞれが作用しあってこそ、連帯は実現できるのです。

前述しましたが、デンマークでは教師が一方的に講義をするのではなく、対話によって講義を進めていきます。

教師がある質問をした時、誰かが一人だけが答えて終わりだったら、「ああ、そうか」127・


128頁・で終わってしまいますが、Aさんが答え、Bさんが答えていくと、「ああ、こういう答えもあるんだ」と考え方が広がります。もしかしたら、Aさんが考えもしなかったことを、Bさんが答えるかもしれません。教師も思いつかなかったことを、Cさんが答えるかもしれません。だから、教師も勉強できるのです。答えが豊富になることで、相互作用が生じます。このような教育方法をデンマークは百数十年前に確立しているのです。

日本では、「静かに先生の話を聞きなさい」と言うのが教師の口癖ですが、デンマークでは、「自分の意見を言いなさい」と言うのが口癖です。128・


デンマーク人にはできて、日本人にはできないこと・128頁・


・・2007年11月、デンマークで国会議員の選挙が行われました。デンマークには九つの政党がありますが、どの政党も国民の福祉、国民の生活を重視する政策を国民に訴えました。結果は保守連合政権が僅差で続投と決まりました。128・


129頁・デンマークでは「福祉」と言う言葉はほとんど死語になっていました。ところが、この保守連合政権がこれまでの社会省を「福祉省」に改名し、デンマークはさらに社会福祉国家として国民の生活を保障することをアピールしたのです。

そして、面白いことに、「福祉省」は2009年にまた「社会省」(内務省をも包括)にもどりました。やはり、福祉は死語に等しい言葉だからです。

さて、デンマーク人にはできて、日本人にはできないものとは何でしょう。

それは、社会の相互保障です。


一人は個人。二人以上になると社会になります。デンマークでは、二人いれば二人が相互に保証しあうことでしょう。社会を構成する人数が増えれば増えたなりに、お互いを保障し合うでしょう。

・日本人は二人以上いても、二人で助けあることを考えません。市町村や国がやってくれないとき、自分で自分を保障しようとします。病気をした時のため、子供の教育費のため、老後のためにと貯金をしています。

しかし、個人で自分の生活を保障できる人ばかりではないのです。国としての幸福度は90位で個人としての幸福度は43位トランクが上なのは、残念ながら、しかるべき「富(収入)の再配分」が行われていない国、貧富の差がある国であることを示していると思います。129・


130頁・

出した分だけもらわなくては損?130頁・平成28年3月6日 日曜日・

日本は経済力があります。日本国民はデンマーク人と変わらぬほどのお金を持っているのに、税金を支払えないのはなぜでしょうか。

それは、病気をした時のために、教育のために、老後のために、自分で貯金をしているからです。デンマークのようにみんなで税金として出し合い、必要な人に分配すればいいのです。

しかし、それができないのです。なぜなら日本人は出した分だけもらわなくては損と考えるからです。この考えがある限り、余分に出そうとしないのです。

でも、よく考えてください。130・


131頁・たとえば介護保険。隣の家にホームヘルパーが週に五回来ているのに、うちは一回しか来ないと、不満を抱いている人はいませんか?

一回しか来ない、あるいは全然来ない方が、より健康的で幸せな生活を送れているのではないでしょうか。五回も来てもらわなければならない人は、自分でできないことが多いのです。


回数の少ないことに不満を抱くのは、ホームヘルパーをお手伝いさんだと思い、自分がラクになれることしか想像しないからです。また、「人よりも、人よりも」良い生活がしたいという思いが強すぎるのです。すると、「お宅は週何回、うちは・・・」と、絶えず比較してしまうのです。日本人はどうしても目先のこと、今の問題だけ考えているように思えてなりません。


アンデルセンや国民高等学校の創設者グルントヴィ、デンマークの哲学者キルケゴールは同じ時代の人たちです。この時代、1700年代から1800年にはフランス革命が起きています。国民の生活をみんなが考え始めた時代です。

日本は今飽食の時代で、食べ物が余っています。一方で、食糧難の国がいっぱいあり、アフリカでは七秒間に一人、子どもが死んでいます。131・


132頁・日本では、コンビニエンスストアやレストランで捨てられる食料があります。このようなムダを生んでいることに疑問を抱かなくてはなりません。

自分だけが良ければいいのでは、決して国はよくならないのです。132・


ここまで

ここまで


ここまで・

ここまで・

 

 


日本から専門学校の学生約30名を研修で受け入れた時の話です。

「明朝八時30分に出発して、小学校の見学に行きます」と私は彼らに伝えました。「わかりましたね」と言うと、「はい」と全員が答えました。さらに、「あなたがたの時計の時刻を、私の時計と同じ時刻にしてください」と付け加えました。全員が正確に同じ時刻を基準として行動できるようにするためです。

翌朝、八時30分になったので、時間どおりにバスで出発しました。

残念ながら、時間どおりに全員は集まりませんでした。「何人ぐらいいない?」と学生に聞いたら、八人が来ていませんでした。117・


118頁・訪問先の小学校では、日本からの研修生を一クラスに六人ずつ振り分けて、一緒に折り紙をしたり、運動したりするなどのスケジュールが組まれていました。人数が足りなかったら、すべてが台なしです。

日本から一緒に来た先生は、私が車を動かそうとした時、「ちょっと待ってください。まだみんな来ていません」と言いました。

でも、私は出発したのです。

なぜなら、時間を守るというのはルールだからです。夜中遅くまで起きているのは自由です。でも、時間を守るという責任は果たさなくてはいけません。

訪問先の小学校では、30人ですべきことを22人でやらなくてはいけないので大変でしたが、彼らは連帯責任を取ってくれました。

一人が五分遅れるということは、残り22人から五分ずつ時間を奪うことになるのです。一人五分の遅れは全体で約2時間もの時間を奪ってしまうことを、時間を守らない人は知るべきでしょう。

午前中に小学校の研修を終えた後、別の施設に行きました。すると、遅刻した八人が私たちの到着を待っていました。118・


119頁・寒い冬の時期だったのですが、玄関で待っていたのです。「なんで建物の中に入らなかったの?」と聞いたら、「いや、みんなが来るまで入りません」と答えました。

「どうして?」と尋ねたら、彼らは「おいていかれたからです」と言うのです。

「私はおいて言ったのではありませんよ。時間が来たから出発しただけです」と答えました。彼らが、「いえ、まだ出発時間の二分前でした」と反論できないように、前日、私の時間と時間を合わせてありますし、しっかりと時間を確認してから出発したのです。

「あなたは新幹線に乗ったことがありますか?」「あなたは新幹線においていかれると言いますか?」と、私は聞いてみます。

遅れてきた生徒は小学校の研修ができませんでした。すでに研修費は払っていたのだから、それは自分の損となり、仲間にも迷惑をかけたのです。

ルールを守らなかったらどうなるのか、自分の取った行動によってどんな結果が生じるのか、生じた結果はすべて自分の責任であることを教えなくてはいけません。

自由を間違って謳歌すると、結局自分につけが返ってくるのです。119・


職場を離れたら「目線」は同じ・120頁・

さて、社会には差があってはならないのに、格差社会、偏差値社会、学歴社会・・・というように、差が当然のように認められている社会は住みづらいものです。様々な差を認める社会では、自分より低いものと決めつけたり、あるいは自分を「偉い人」と位置づけ、当然のこととしてとらえられるのです。

しかし本来、人間は平等なのです。

福沢諭吉は西欧の民主主義を学び、今から150年ほど前に「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ、人ノ下ニ人ヲ造ラズト伝ヘリ」と、人間は生まれながらにして平等であることを私たちに言い伝えました。

この世に生を受けた人間は男女、性別、学歴、障害のあるなしに関わらず、人間としての価値は平等であることを、私たちは体で理解する必要があります。

人間としての平等を本で読んだり話を聞いたりして、いくら頭で理解しても、実際の生活の中で態度として表れてこなければ、平等を理解しているとは言えません。120・


121頁・日本では偉い人は、どこに行っても偉い人のままです。会社には社長がいて、学校には校長がいます。会社の社長、学校の校長はそれだけのことをしている人なので、尊重すべき人です。でも、職場では尊重すべきでも、職場を離れたら肩書は関係なく、目線はみな同じ位置になければならないはずです。それが今の日本にはありません。


デンマークでは仕事を離れたら、目線は同じになります。私がデンマークに行った当初、そのことには本当に戸惑いました。

私は村の農家で働いていましたが、そこに近くの学校の先生が遊びに来た時、「ミスター・ピーターセン」と呼びかけたら、「ミスターを付けないでくれ」と言ったのです。


日本では、始めたあった人には失礼のないように「さん」をつけて呼びますが、デンマークではそれがありません。初対面の時からファーストネームで呼びかけます。もちろん、デンマークでも会社の上司や年長者に対する尊敬の念は持っています。

しかし、日本では学校の先生はどこで出会おうと「○○先生」と呼びかけます。同窓会では席は真ん中と言ったように、必ず差がついてきます。121・


122頁・それは本質的に、自由、平等とは何かが理解されていないため、同じ目線になることができないからでしょう。それゆえ、職場で、学校で、家庭で、男女、障害のあるなしで、きちんと助け合うことができないのです。「人よりも、人よりも」と言う思いが強いために、上下関係がはびこり、日本人が理解している民主主義を因数分解すると「格差」「不平等」となり、何が何だか分からなくなってしまうのです。


・デンマークでは、民主主義の基本を学校で学びます。学校では生徒の個々の能力を伸ばしていくとともに、社会性を身につけさせなくてはいけません。個々の能力だけを伸ばしても、社会性が身についていなければ意味がないのです。


民主主義では言葉ではなく、態度で教えなければ子供には身につきません。そのためには、まず教師が生徒と同じ目線を同じにして、一緒に物事を考え、対処していかねばならないのです。122・ここまで


第四章 『赤い靴』―― 社会のあるべき姿を考える

「赤い靴」・106頁・


ルール違反の付けは大きい・110頁・

平成28年3月4日 金曜日・


カーレンにとって、赤い靴はあこがれであり、欲しくてたまらず、手に入ったら履きたくて仕方がありませんでした。110・


111頁・青少年時代のアンデルセンには、いつも貧乏神が寄り添っていました。きっとアンデスセンも手に入れたくて仕方なかったものがたくさんあったでしょう。

自分に得られないものを他人が持っていると、人はみじめで悔しい思いをするものです。そんな生活を長いことしていると、やっと手に入れたものは手放したくない、いつもそばにおきたいと思うものなのです。

しかし、社会のルールに反してまで、自分の意思を通すことは許されません。

現代社会には、ルール違反する人が余りにも多すぎます。身近なルール違反は、相互に敬愛し、あるいは恩や義理を感じ持つ人への裏切り行為です。

目先の自分の利害関係だけで背信行為を起こす人間は後を絶ちませんが、人や社会に対する背信行為は、そのツケが大きいことを知らなくてはなりません。

「赤い靴」のカーレンは、奥様の具合が悪いのに、舞踏会に行きたいという自分の欲望を優先させました。その結果、何と自分の足を切ることになってしまったのです。

私たちは社会の中で自分の存在か一を考えなくてはいけません。

自分は社会の中でいかに大切な仕事をしているのかを知り、自分の価値を見出すのです。111・


112頁・平成28年3月5日 土曜日・

一番身近な社会は家庭です。そして、学校、職場、地域社会、国、世界へとつながります。


自分のおかれた社会の中で、自分の価値観を見出せずに自分を見失ってしまったり、自分がやるべきことを怠ったりすると、その賠償は大きなものとなって返ってきます。

その賠償の大きさを知らないがゆえに、家庭内のおける悲惨時、学校内におけるいじめや暴力、企業における不祥事、国における諸政策の失敗による損害が大きくなって、私たちのもとに返ってくるのです。113・


幸な国の方程式・112頁・

平成28年3月5日 土曜日・

「幸せ」とは、「生活しやすい」と言うことだと前章でお伝えしました。

では、「幸せな国」とはどういう国でしょうか。

ここに、幸せな国の方程式を作ってみますので、一緒に考えてみましょう。

幸せな国とは、住みよい国のことです。住みよい国とは、生活大国のことです。生活大国とは、社会福祉国家であるとことです。112・


113頁・つまり、「幸せな国=社会福祉国家」なのです。

社会福祉国家とは、ゆりかごから墓場まで保障している国のことです。ゆりかごから墓場まで保障している国とは、どういう国かと言うと、成熟した民主主義の国のことです。民主主義とは、その名のとおり民が主体です。全ての国民がどのような生活を送るのか、それを選ぶのは国民です。ゆえに、民主主義と主権在民は同義語になります。


また、あえて民主主義を因数分解すると、「民主主義(主権在民)=自由+平等+連帯+共生」になります。

これをまとめてみますと、次のようになります。

幸な国=住みよい国=生活大国=ゆりかごから墓場まで保障している国=民主主義の国(=主権在民)=自由+平等+共生・

では、このことを日本人がしっかり理解しているかと言うと、ほとんどの人が理解していません。113・


114頁・また、日本の国家を牽引している二大政党、自由民主党と民主党は、どちらも民主と言う言葉を使っていますが、本当な民主なのかと疑問を抱きます。

デンマークの学校では、民主について徹底して教えています。言葉の意味だけではなく、態度、実生活をとおして教えています。


日本の学生に「民主主義とは?」と質問すると、「自分たちで自分たちのことを決める」とすらっと答えられます。しかし、「自由とは何か」と聞くと、「自分で何をやってもいい」「束縛されない」となるのです。

「平等とは何か」と言う質問には、「まったく同じ権利」「同じわけ前」になるのです。ましてや共生や連帯となると、「どういう意味?どうしたらいいのだろう?」と意味を理解できず、だから行動が伴わないのです。


これは自由でも平等でも共生、連帯でもありません。要するに民主主義を理解していないのです。

それでは、自由、平等、共生、連帯とはどういうことを言うのでしょうか。一つひとつ考えていきたいと思います。114・


自由の使いかをどう教えるか・115頁・平成28年3月5日 土曜日・

カーレンは、舞踏会に行く自由を優先したために、二度と踊れなくなりました。

自由とは、何をやってもいいということではありません。そこには必ず責任があります。自由とともに責任についても教えなくてはいけません。

たとえば、子供たちが幼稚園でさんざん遊びほうけていたところに、「ご飯の時間ですよ」と声をかけると、子供たちはワーッと集まってきます。でも、「あそこに出しっぱなしになっているおもちゃは、誰が遊んだの?片付けなさい」と、責任を取らすのです。

あるいは、子供たちがケンカをしたとします。その時は、「やめなさい」と止めることはありません。ほっときます。子供たちで解決できるのならば、それが最良です。たとえ子供たちがおもちゃの取りっこをしていたとしても、何らかの形で解決できればオッケーなのです。もし、子供たちで解決できなくて、お互いの身に危険が生じるような状況になったら、大人が「危ないからやめなさい」と止めに入り、解決の方法を教えます。115・


116頁・子供が夜遅くまで「テレビを見たい」「ゲームをやりたい」と言ったとしたら、私は「どうぞ」と答えます。なぜなら、自由だからです。ただし、「朝何時までに起きなさいよ」と付け加えます。そして、翌朝、子供は起きられないと・・・。

夜になって「テレビが見たい」と言っても、テレビを見させることはありません。「その自由はないよ」と教えます。


「自由を間違って使ったんじゃないですか。だから、テレビを見る自由はありません」と。

また、どんな人にも役割があるのです。ご飯の時間になったら席について、出てきた料理を食べるだけではいけないのです。大人が子供にサービスするばかりでは、責任は身につきません。何か手伝いをさせることも必要です。

もし、「ご飯の準備をしなさい」と言っても何もしなかったら、その子のご飯はないのです。

このように、子供がケンカをした時の責任、後かたずけをする責任、役割を果たす責任・・・、自分の行動には必ず責任を持たなくてはいけないこと、社会の中にはルールがあって、それをきちんと守ることを教えなくてはいけないのです。116・


117頁・ただし、間違いを責めることはしません。「ダメですよ」と注意はしますし、その後の自由を取り上げますが、理由なく、頭ごなしに起こることはありません。117・ここまでここまで

ここまで

 

 

 

幸な国の方程式・112頁・


http://www5.synapse.ne.jp/takita/naze%20denmakuha%20kouhuku.html


世界一幸福な国デンマークの暮らし方 2009・8・18 第2章・社会的弱者はだまされ続けている・60頁・より

http://amamioosoma.synapse-blog.jp/yosiharu/2016/03/2009818-2-8db5.html

16:25 2016/03/04 


世界一幸福な国デンマークの暮らし方 千葉 忠夫 (著)第2章・腐敗が世界一少ない国・頁・国家予算の約75%が教育や福祉に使われる・52頁・

http://amamioosoma.synapse-blog.jp/yosiharu/2016/03/2-628b.html

 14:20 2016/03/04


世界一幸福な国デンマークの暮らし方 千葉 忠夫 (著)第2章・腐敗が世界一少ない国・44頁・

http://amamioosoma.synapse-blog.jp/yosiharu/2016/03/2-e808.html

9:29 2016/03/04

 

引用

なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか 単行本 – 2008・2 ケンジステファンスズキ ・デンマークのある小学校の6年生は環境教育の課題で「高速道路の建設に関する賛否」と言うテーマを取り上げました。なぜ小学6年生の環境教育で「高速道路の建設問題」を取り上げたのか、その理由は高速道路の施設によってその場所で生殖していた動力物の生地を奪うという自然の破壊行為と言うマイナス面と、高速道路ができた場合における、物流のスピードアップによる地域や産業の活性化と言うプラスの面を考えるためだと説明しています。166・

167頁・

第9章 教育の目標は「国家運営」に参加する国民をつくること165・

http://amamioosimasanrinha.synapse-blog.jp/takita/2016/02/20082-9-35bd.html

7:35 2016/02/23


なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか・

第4章 デンマーク人が国を愛する心の原風景・平成28年1月26日・

http://amamioosimasanrinha.synapse-blog.jp/takita/2016/01/4-28126-6e43.html

16:46 2016/01/26


なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか 単行本–2008・2

第4章・84頁・・2・地方自治無くして民主主義国家はあり得ない・84頁・

・中央政府になびかない国民性・行政官僚と産業界との癒着は封建制度時代から引き継がれている国のかたちと・・・・・デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか 96頁・

http://amamioosimasanrinha.synapse-blog.jp/takita/2016/01/20082-e7ed.html

8:51 2016/01/28


なぜ・第10章・借金の残さないデンマーク・ツケを残す日本・173・179頁・

http://amamioosoma.synapse-blog.jp/yosiharu/2016/01/post-cced.html

6:22 2016/01/30


なぜ・・2・地方自治無くして民主主義国家はあり得ない・84頁・91頁・

http://amamioosimasanrinha.synapse-blog.jp/takita/2016/01/post-46fe.html

2/22/2016 


なぜ、デンマーク人は幸福な国をつくることに成功したのか どうして、日本では人が大切にされるシステムをつくれないのか 単行本 – 2008・2 ケンジステファンスズキ (著) 5つ星のうち 4.4 12件のカスタマーレビュー デンマークという国を日本との比較で紹介した本です。教育や福祉に対する意識の高さ、愛国心、どれも今の日本にとって見習うべきところと思いますが、デンマークという国の歴史的な背景から来るものだと言うことが、詳細に述べられています。

中でもうらやましいのが、エネルギーと食料自給率が100%を超えるという点です。両方とも、これから世界的な不足が問題になることは目に見えていますが、これらの問題を克服している点に、デンマークと言う国のすばらしさを感じました。公務員の必読本に指定して欲しい良書です。

8:29 2016/02/23

http://amamioosimasanrinha.synapse-blog.jp/takita/2016/01/20082-5-44-12-3881.html

9:36 2016/01/26

2/22/2016

 

 


自由の使いかをどう教えるか・115頁・

自由の代償と連帯責任・117頁・

職場を離れたら「目線」は同じ・120頁・

ピザの公平な分け方・122頁・

一人で持てないものは二人で持つ・126頁・

デンマーク人にはできて、日本人にはできないこと・128頁・

出した分だけもらわなくては損?130頁・

自由、平等、連帯、共生、・132頁・

平成28年3月4日

 

世界一幸福な国デンマークの暮らし方 (PHP新書) 新書– 2009・8・18

千葉 忠夫 (著) 内容紹介

 

「マッチ売りの少女」にあるような厳寒、貧困の国であったデンマークは、

戦後の社会福祉国家としての制度改革によって、いまや「国民の幸福度ランキング」で世界第一位の生活大国となった。世界でいちばん幸せな生き方とはどういうものなのか?

デンマークにあって日本にないものとは何か? デンマーク人の心に二百年間宿りつづけたアンデルセン童話を手がかりに、自由、自律、責任、貧困、政治、教育、社会、福祉などの問題について再考する。


 

目次

はじめに・・・世界で一番幸せな国・デンマーク・3頁・

もし、「あなたは幸せですか?」と聞かれたら、「はい!幸世です」と答えることができますか?

北欧の国デンマークは、この質問に「幸せです」と答えた国民の数が、世界で一番多い国です。

これは、アメリカの研究組織、ワールド・バリューズ・サーベイが各国の個人を対象に、現在の幸福度を調査し、ランキングした「幸福度ランキング」(2008年に発表)の結果です。

幸福度ランキングとは、約100ヵ国の地域を対象に「あなたは幸せですか?今の生活に満足していますか?」と質問をして、「幸世です」と答えた人の数を調べたものです。その結果、デンマークが堺で第一位でした。

4頁・二位はプエルトリコ、三位はコロンビア。アメリカは16位、イギリスは21位、フランスは37位。そして、日本は43位、中国は54位、韓国は62位と言う結果でした。

また、イギリスのレスター大学の心理学者が発表した幸福度マップと言う別の幸福度調査でも、デンマークは一位になりました(2006年発表)。

これは、イラクなどの紛争国を除く世界178か国を対象に、経済状況や医療制度、教育などのデータを分析、幸福度に影響を与える要因となる医療制度、裕福度などを数値化し、ランキングにしたものです。

ここでも、第一位はデンマークの。次いで、二位はスイス、三位はオーストリアでした。そして、アメリカは23位、日本は何と90位でした。

デンマークは、国を対象にした指標でも、個人を対象にした指標でも世界で一番幸せな国、そしてデンマーク人は世界で一番幸せな国民と言えるのです。

実際に国民の約80%は「この国に生まれてよかった」と言っています。4・

5頁・さて、日本にはなかなか馴染みのないと思われるデンマーク。

その場所すらご存じない方もいらっしゃるようですので、ここで少しご紹介をすることにしましょう。

・コペンハーゲンは「商人の港」・

デンマークは北欧にある小さな国です。東はバルト海、西は北海に面しており、ユトランド半島、シェラン島、フュン島など500以上の島々からなる国です。デンマーク領であるグリーンランド、フェロー諸島を除いての総面積は約4万3000㎡で、九州と同じ大きさですが、人口は551万人(2009年度デンマーク統計局)で、東京都(人口は1294万人・東京都2009年4月)の半分以下です。

気温は温和で、夏は比較的涼しく、日本でいう北海道の夏の季節と似ています。緯度は樺太の北に位置しているものの、冬は温暖で東北の岩手よりも暖かく感じるのですが、日照時間が短く、遅い時で午前八時過ぎに日が昇り、午後三頃には沈んでしまいます。5・

6頁・また、夏の最も陽が長い時には、午前四時半に日が昇ると、午後十時近くまで陽は沈みません。ですから、陽の長い夏の季節は国民全体が仕事を早く切り上げて、外に出て太陽の光を堪能します。

人々は広く満遍なく国土の至る所に住んでおり、緑豊かな土地には一軒家が多く、日本では当たり前のように見かける十数階建てのマンションなどは、ほとんどありません。

首都・コペンハーゲンは、デンマーク語で「商人の港」と言う意味があります。デンマーク人の祖先はバイキング。バイキングは、8~12世紀に北欧のフィヨルドから巧みな航海技術を駆使してヨーロッパ各地で活動し、貿易も盛んにしていましたので、「入り江の民」「市場の民」とも言われています。

現在は農業国として有名で、国内でとれる農産物の三分の一で全人口が賄えるほどお高い自給率で、食料は潤っています。日本には主に豚肉やチーズと言った食品を輸出しています。6・

7頁・主食はジャガイモと黒パンで、日本人がお米を食べるとの同じようにじゃがいもと黒パンを毎日食べています。スーパーには何種類のジャガイモと黒パンが、所狭しと陳列されています。

さて、デンマークの観光の見どころは、コペンハーゲン、近郊の森林地帯に点在する歴代王室の古城、そしてなんといっても、アンデスセンの生まれ故郷、オーデンセだと思います。特に、オーデンセのかわいらしい街並みはおとぎの国そのものです。

コペンハーゲンには有名なチボリ公園があり、夏の開園期間は老若男女の憩いの場となっています。街はずれには「ニューハウン」と呼ばれる地域があり、その周りにはパラソルを出したお店が軒を連ねています。7・

8頁・また、日本の子供にも人気のあるレゴブロックがデンマークの玩具であることはご存知でしょうか。

ユトランドには大きなレゴランドがあります。レゴで作った世界の有名な建物などが子供連れの家族に人気でにぎわっています。

さて、デンマーク人の面白い習慣を二つ。

デンマークには「湯船につかる」と言う習慣がありません。

昔は湯船があったのですが、国内がオイルショックで節約志向になった時、人々は湯船を捨てたのです。お風呂は「温まるもの」から「体を奇麗にするもの」へと合理的に変化しました。今では、各家にシャワーのみがあり、湯船をおいている家はほとんど見かけれません。たまに郊外の牧場に行くと、家畜の水飲み場に昔の湯舟が使われている光景が見られます。

また、デンマーク人は、写真の撮り方が日本の習慣とは多少異なります。

写真を撮る時、日本では、「はい、チーズ」と声をかけて、ポーズをとったところでシャッターを切ります。しかし、デンマークでは気づいたら取られていることがほとんどです。8・

9頁・「ちょっと待ってくれよ」といっても、「自然な姿がいいんだよ」といっぱしの芸術家口をたたかれることがあります。ですから、アルバムの中には、個性的な芸術性あふれる写真が並んでいます。

・アンデルセンが描いた未来社会・9頁・

さて、みなさんは「アンデルセン童話」を読んだことがあるでしょうか。

きっと子供のころの記憶に、絵本や児童書として残っているのでは、と思います。私はこれまでデンマークがどのようにして社会福祉国家になっていったのかをいろいろな角度から探求してきました。最近になって、200年ほど前に生まれたアンデルセンの心の中に、デンマーク人を代表する心があることに気がつきました。

アンデルセンの童話にはその時代の社会と、生活している人々の喜怒哀楽、望ましい未来社会を実現するための願望が描かれています。

アンデスセンが描いた望ましい未来社会は、その童話を愛したデンマークの人々によって実現しました。9・

10頁・デンマークの人々は160年という年月をかけて幸福度世界一の国、幸せな国デンマークをつくりあげたのです。

では、そもそも「幸せな国」とは何でしょうか。私は、幸せな国とは人びとが「生活しやすくて住みやすいこと」につながると思います。

日本からデンマークの社会福祉を学びに来た学生に、私はこんな質問をします。「住みよい国って何ですか?」

たいていの学生は、食べ物があること、住む家があってお金に困らないこと、物価が安い、病院がある、交通の便がよい、仕事がある、夢が実現できるといったように、まずは衣食住の面が満たされることを挙げます。

次に格差のない社会、平等、個人の自由、人権の尊重、障碍者や高齢者の生活保障、安心して老いられる国、自由に教育が受けられる、民主主義の国・・・と、社会問題に目が向けられていきます。

そして、緑が多い、空気がきれい、天災害がない、紛争や戦争がない・・・と、社会がおかれている環境、世界へと視野が広がっています。10・

11頁・人間は誰もが一番身近な自分自身のことから考え始め、そして世界を考えるという順序になるのは当たり前のことでしょう。

アンデルセンと同時代に活躍したデンマークの哲学者キルケゴールは、単独者の主体性こそ心理と説く個人主義、実存主義を唱えました。キルケゴールの思想もデンマークが社会福祉国家になった一つの要因と言えるでしょう。社会と個人は相反するもののように思われますが、「個人を大切にすることが、個人の集まりで構成されている社会を大切にすることにつながる」のです。

ならば当然のことながら、個人が住みよい社会であり、それが集まってできている国は、住みよい国と言えるでしょう。

では、デンマークは昔から住みよい国だったのでしょうか。

アンデスセン童話の中でもっとも有名な作品の一つ、「マッチ売りの少女」を知らない人は少ないでしょう。

これはアンデルセンが43歳の時の作品で、今から160年前のデンマークを見事に表しています。当時はマッチ売りの少女のような貧しい子供たちが、デンマークにはたくさんいたのです。11・

12頁・それから時を経て、デンマークは世界一幸せな国なりました。そして、経済福祉国家としての道をしっかり歩んでいます。

貧しかった「マッチ売りの少女」の国は、なぜ世界一幸福な国になれたのか、その仕組みを本書で紐解いていきたいと思います。

 

第一章 『マッチ売りの少女』―― 貧困を考える、

「マッチ売りの少女」・25頁・

寒くてどうしょうもなかった・27頁・

少女が望んだ幸せとは・29頁・

働かざる者は食うべからず・31・

日本の貧困率は世界五位・32頁・

問題解決には助けが必要・34頁・

貧困をなくすには・36頁・

第二章 『はだかの王様』―― 政治を考える

「はだかの王様」・40頁・

腐敗が世界一少ない国・44頁・

女性の社会進出で好循環が生まれる・47頁・

デンマークで少子化が止まった理由・49頁・

国家予算の約75%が教育や福祉に使われる・52頁・

贈収賄ができない制度づくり・54頁・

なぜ日本人は税金に嫌悪感を抱くのか・57頁・

社会的弱者はだまされ続けている・60頁・

地方分権で政治、福祉が変わる・62頁・

デンマークの投票率は90%・64頁・

第三章 『みにくいアヒルの子』 ―― 教育を考える

「みにくいアヒルの子」69頁・

人は見た目で判断する・72頁・

自分の生き方は自分で決める・73頁・

デンマークの国民学校法とは・74頁・

国に必要な人を育てる・76頁・

義務教育に学ぶべきこと・79頁・

教科書の指定がない授業・81頁・

「義務教育」と「教育の義務」との違い・83頁・

登校拒否には理由がある・85頁・

好きなことを勉強させる・86頁・

高校の授業が分かる人は三割程度・88頁・

高校への進学率は約45%・91頁・

在学中にしっかり実習経験を積む・94頁・

大学全入は大きな無駄・96頁・

役職ポストは公募制・99頁・

デンマークには勤務評定がない・100頁・

教師と生徒が寝食を共にする・102頁・

第四章 『赤い靴』―― 社会のあるべき姿を考える

「赤い靴」・106頁・

ルール違反の付けは大きい・110頁・

幸な国の方程式・112頁・

自由の使いかをどう教えるか・115頁・

自由の代償と連帯責任・117頁・

職場を離れたら「目線」は同じ・120頁・

ピザの公平な分け方・122頁・

一人で持てないものは二人で持つ・126頁・

デンマーク人にはできて、日本人にはできないこと・128頁・

出した分だけもらわなくては損?130頁・

自由、平等、連帯、共生、・132頁・

○第五章 『ナイチンゲールの歌声は介護の心』―― 福祉を考える

「ナイチンゲール」・136頁・

思いやりのある介護とは・139頁・

機械にできること、人にできること・141頁・

福祉国家の医療制度・142頁・

国民全員にケースワーカーがつく・144頁・

デンマークの高齢者施設に驚いた・146頁・

住み慣れた家にできる限り住みたい・147頁・

キーワードは「自律のための支援」・1150頁・

ヘルパーが10分以内で駆けつける・152頁・

成人以降の親子関係・154頁・

ノーマリゼーションの始まり・155頁・

大規模収容施設をなくせ・158頁・

障害ゆえに不可能なことがある・160頁・

在宅生活にも一長一短・162頁・

障害者福祉は社会が担う・165頁・

「親なき後」の心配は不要・167頁・

障害者が一番求める支援・169頁・

○第六章 『人魚姫の選択』―― 自律することを考える

「人形姫・174頁・

自己決定は利己主義となりうる・178頁・

自律と自立・180頁・

生活を守るための労働組合・182頁・

仕事が続けられない社会的障碍者・185頁・

可能な限り社会復帰を促す・186頁・

男性の育児休暇取得率は高い・189頁・

第三の人生で社会に貢献する・190頁・

奉仕活動ができるようになるには・191頁・

デンマークの社会問題・193頁・

社会的弱者が困らない社会をつくる・195頁・

おわりに・・・デンマークを目指した私・198頁・

生まれて初めて見る外国・200頁・

デンマークは「おとぎの国」そのものだった・202頁・

平成28年3月2日 水曜日

内容(「BOOK」データベースより)

 

「マッチ売りの少女」にあるような厳寒、貧困の国であったデンマークは、世界大戦後、社会福祉国家としての制度改革を成し遂げ、いまや「国民の幸福度ランキング」で世界第一位の生活大国となった。デンマークにあって日本にないものとは何か?世界でいちばん幸せな生き方とは?「みにくいアヒルの子」「はだかの王様」「人魚姫」など、デンマーク人の心に百五十年以上宿りつづけたアンデルセン童話を手がかりに、自由、責任、政治、教育、福祉、貧困など日本社会が抱える問題について、身近な視点から再考する。

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新書: 206ページ出版社: PHP研究所 (2009/8/18)

言語: 日本語発売日: 2009/8/18

 目次

6:26 2016/03/02

世界一幸福な国デンマークの暮らし方・

 

 

 

 

 


社会的弱者はだまされ続けている・60頁・16/3/4 16時4分7秒・

日本国憲法の第25条をご存知ですか。


日本国憲法第25条

・1・すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

・2・国は、すべての生活面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

このように謳われていますが、日本では社会的弱者、いわゆる貧困者、障害者、高齢者の生活が健康で文化的な最低限度の生活にはなっていません。60・


61頁・社会的弱者である国民の生活を保障するはずの政府の政策が不完全です。

国民はあまり気付いていないかもしれませんが、国民は国にだまされ続けているのです。

王様がいかさま師にだまされて「見えない衣装」を身にまとい、とうとう裸で街を歩いてしまったという「はだかの王様」の物語は私たちにいろいろなことを教えてくれています。

世の中には人をだます人がたくさんいますが、だまされる人もたくさんいるのです。

どちらが悪いかと言えば、当然、人をだます方が悪いに決まっています。しかし、嘘と知っていながらだまされ続けるのであれば、だまされる人にも問題があると言わねばならないでしょう。

世の中のいろいろな事件の始まりは、だますこととだまされることがほとんど同時に起こっています。いったん人をだまし始めると、その嘘を正当化しようとするため、新たな嘘をつかなくてはなりません。嘘は雪だるま式に大きくなり、その結果、大事件となってしまうことがあります。61・


62頁・いかさま師は人をだますことを自分の仕事にしている人たちなので、その愚かな行為をやめさせることは難しいです。

一方、だまされる側は王にして猜疑心を持たない正直者が犠牲になることが多いので、本質を見極め、だまされないようにするのが肝心です。

国の政治を司る人が嘘を正当化して、国民をだまし続けるようなことがあっては絶対にいけません。62・


地方分権で政治、福祉が変わる・62頁・16/3/4 16時32分17秒・

国の規模の違いは、国の治めるやり方に大きな影響を与えます。

たとえば、アメリカはその名のとおり合衆国です。それぞれの州が地方自治の諸制度を司っていますが、社会福祉に関しては、自己責任が大きい保険制度によるところが主です。一方、日本は健康保険、年金、介護制度があります。日本は、すべてが自己責任のアメリカ型とすべてを国が保障する北欧型の間にあります。62・


63頁・アメリカは民主主義を掲げていますが、本当のヒューマニズムの民主主義ではありません。絵に描いた餅のような民主主義ではないかと思わずにいられません。なぜなら、人種差別があり、あちこちに貧困者の集まるスラム街があるからです。民主主義のキーワード「平等」が実現していない国です。

アメリカは国が大きすぎて、結局は地方ごとに分権していますが、その範囲が大きいですから、地方集権を中央集権と言っても構わないでしょう。

規模が大きくなると、どうしても権力関係陥りやすいのです。デンマークは国が小さいから改革できたというのも、一理あります。

ならば、日本は道州制を導入したらよいのです。地方分権にするだけで大きく変わります。住民に一番近いところで政治、福祉が行われれば、国民は住みよくなるのです。

日本の九州とほぼ同じ大きさの小さな国デンマークでさえも二年前、かつて14あった県を五つの地方自治区とし、275あった市町村に相当する末端は98の地方自治体に改革しました。63・


64頁・日本も一日も早く道州制にして、国、州、地方の役割を明確にし、地方自治体が住民に密着した福祉行政を、責任をもって果たしていくべきではないでしょうか。64・


デンマークの投票率は90%・64頁・

成人に達する年齢を世界的に見ると、北欧と日本では大人になる年齢が違うのがよくわかりませ宇。

デンマーク、スウェーデンはともに、成人は18歳以上です。現在にホンダは20歳以上を成人としていますが、グローバル化していることも鑑みて、この年齢を18歳にまで下げ、18歳の青年に大人としての責任感を持たせるべきでしょう。

18歳にする利点は、より多くの人が選挙権を持つことにあります。選挙権を18歳以上も持たせることによって、より多くの国民の意思が政治に反映医されることになります。民主主義社会ではなるべく多くの人に賛成してもらうために、選挙権、被選挙権を18歳からにすることも適切であると思います。64・


65頁・したがって扶養の義務は18歳までとなります。ただし、18歳で自立不可能な人のために、自分で生活していけるようにするための支援制度をしっかりと整備しなければなりません。

国や県、あるいは市町村が何もしてくれないという嘆きの声をよく耳にします。しかし、そうした考え方は誤りです。主権在民をしっかりと認識している国民は、自分たちの生活を保障してくれる然るべき議員を、自分たちの代表として選びます。

デンマークの政治家の政治生命は、国民の生活保障にあると言っても過言ではないのでしょう。

デンマークの投票率は高く、国会議員の場合は約90%近く、地方議員や、知事、市長の選挙においても75%を切ることはありません。民主主義はその名のとおり「民」が「主」なのです。自分たちがどのような生活を望むかを自分たちで決めていることが、この投票率に如実に表れています。

民主主義・デモクラシーの語源は、ギリシャ語のデモス(人民)」と「クラティア(権力)」が結合した言葉だと言われています。つまり、私たちが権利を有し、私たちがその権利を行使することです。65・


66頁・残念ながら日本国民は政治家を信用していないばかりか、主権を行使していません。これが投票率に表れているのです。

あなたは、自身の生活を保障してくれる、しかるべき議員をしっかり見定めていますか?

そして、その人に投票していますか?

裸の王様を増やさないためには、あなたが政治に参加する行動が第一歩となるのです。66・


平成28年3月4日 金曜日

 

地方分権で政治、福祉が変わる・62頁・

デンマークの投票率は90%・64頁・

平成28年3月4日

ここまで


世界一幸福な国デンマークの暮らし方 千葉 忠夫 (著)第2章・腐敗が世界一少ない国・44頁・

http://amamioosoma.synapse-blog.jp/yosiharu/2016/03/2-e808.html

9:29 2016/03/04


国家予算の約75%が教育や福祉に使われる・52頁・


デンマークの高齢者は、その多くは年金をもらいながら、自分の持ち家化住宅公団の1LDKあるいは2LDKの賃貸高齢者住宅に住んでいます。住宅費や食費、光熱費などその月にかかるものをすべて払ったとしても、手元に日本円にして2~3万円が残ります。

また、生まれた時から亡くなるまでの医療費、教育費も無料です。そして、全国民には年金が支払われ、障害者には早期年金と言った、生活保障費が支払われます。

このように、障害者や高齢者をしっかりと保障したり、医療費・教育費を無料にするためには、ものすごくたくさんのお金がかかります。

デンマークの国家財源の主となるものは国民が納める税金です。

税金は大別すると直接税と消費税があり、国民は収入の約50%を直接税として納めています。働く女性が多いことがデンマークの直接税収入を押し上げ、国家財政を潤しています。52・


53頁・そして消費税は25%で世界一の高税率です。

デンマークでは国民が納めた税金の用途が、毎年国税庁から公表されます。国民が納めた税金は何に使われるのかと言うと(図1)、国家予算の約75%は教育、文化、医療保険、福祉になどに使われています。地方自治体の予算配分は約60%が福祉予算であり、福祉予算の約60%が高齢者福祉に使われています。

そのため、揺りかごから墓場まで、国民すべての生活が保障されているのです。

一方、日本では高齢者が施設に入るためにはお金を払わないといけません。手元に2~3万円のどころか赤字が当たり前で、家族がその分を補填しなければなりません。53・


54頁・また、介護を一つとってみても、日本はその財源がなかったので、介護保険で40歳以上の国民から一定金額を徴収して、高齢者を支えています。

でも、日本では80%近い人が中流意識を持っているのです。

発展途上国のように貧しい国では無理ですが、日本は豊かなのですから富の再配分を人間的(公平)にすれば、困っている人たちを支援することが十分にできると思います。


贈収賄ができない制度づくり・54頁・


さて、富(収入)の再分配と言っても、それをメインにしてきたソ連、東欧は崩壊しました。繰り返しになりますが、それらの諸国との違いは、デンマークは社会福祉国家だけれども、社会主義国ではないということです。

デンマークは資本主義国であり、完全に西欧圏なのです。NATOに加盟しており、イラク、アフガニスタンにも軍隊を派遣しています。イラクやアフガニスタンを支援するためにデンマークの先年が年間約30人、命を失っています。54・


55頁・もちろん、デンマーク国内の政党には左から右までありますが、ユーロコミュニズムに近い政党も勢力を誇っています。

ユーロコミュニズムは、旧ソ連や中国のような共産主義ではありません。ソ連共産党の路線に追随しない、自主的な共産主義路線です。資本主義の中に連帯や共生を打ち出し、みんなが社会の中でうまく生活をしていくことを目指しているのです。

ソ連や東欧は、政治家の贈収賄などの腐敗が横行していました。デンマークでも政治家の層収賄がないわけではありません。でも、世界で一番少ない国でもあるのです。

では、なぜ贈収賄が少ない、クリーンな国なのでしょうか。

それは、人をだまさないということにつながります。人をだまさないというのも、やはり教育のなせるワザではないでしょうか。

デンマークでは、中間・期末試験と言うものがありません。あるのは九年生(日本の中学三年生)を卒業する時点で初めて行われる国家統一試験です。そこで、生徒がどれだけ勉強したか試験され、点数がつきます。55・


56頁・しかし、判定方法は日本とは大きく異なります。試験が終わると、答案用紙を集めて大きな封筒に入れて、違う学校に送ります。答案は別の学校の先生が採点するのです。

同じ学校の教師が採点すると、どうしても回答を見る目が変わります。しかし、他校の教師が採点するので、たとえば、国語の文章題に対する記述解答の場合、「言葉は足りないけれど、この子は最近頑張っているから正答でもいいかな」と言うようなことはありません。もちろん、「この子の親からはお歳暮をもらったな」と言うことは絶対にありえません。

九年生、高等学校あるいはその他の上級学校で行われる口頭試問では、試験室の控室にいくつか問題がおいてあり、抽選権のように問題を引きます。30分程度、その問題について考えたあと面接室に入るのですが、面接官は違う学校の教師です。

このように採点は生徒と関わっている教師がしなと言うルール、八百長できないルールがあるのです。

もしかしたらデンマークでは、人間は弱いから悪いことをやってしまいがちであるということを知っていたからこそ、それができない制度をつくりだしたのかもしれません。56・

57頁・子供の頃からしっかりとした社会基準が存在していると、悪さができません。すると正々堂々と勝負をしなければならず、自ずとクリーンさを身につけるのではないでしょうか。57・


なぜ日本人は税金に嫌悪感を抱くのか・57頁・

デンマークは世界一の社会福祉国家で幸福度も世界一と言われています。そして、税金が高いのも世界一です。国は国民が納めた税金を、国民が納得するように再配分しています。

デンマークは、他国から「高福祉高負担」だと言われますがデンマーク人は「負担」とは思っていません。

なぜなら、いろいろな形で国民全員に還元されているからです。「自分が病気にならない」「老人にならない」いないでしょう。納めた税金が医療、教育、社会保障、介護などいろいろな形で国民に還元されていますので、決して負担ではないのです。57・


58頁・ですから正確には「高福祉高負担」ではなく、「高福祉高税」なのです。

世論調査によると、85%のデンマークの国民は今の税率、今の福祉サービスで満足しているという答えが出ます。

私は日本人ですので、なぜ日本人が税金の大して嫌悪感を抱いているのかがよくわかります。

税金は、その昔、一握りの武士階級の領主に年貢として取り立てられた農産物などの高祖と同じであり、何の三変え例も得られなかったという農民の恨みが現代まで引き継がれているから、税金を払うことを負担に感じるのでしょう。

日本国民は消費税を増税しなければいけないことを理解していても、デンマーク国民と異なり、政治家や行政を信用していないため、どうしても納得できないのです。

日本は戦争に負けて、経済的にも大きなダメージを受けました。経済復興に力を注ぎ、その結果、経済大国になりました。一生懸命頑張ってきたのですが、経済面だけに力を注ぎすぎたため、社会保障面を考慮する余裕がなかったので、社会的弱者のことを忘れていたというのが現状です。58・


59頁・だから、経済的に余裕(国民一人当たりの貯蓄率は世界一と言われています)がある今こそ見直すべきなのです。

デンマークが福祉に力を入れたのは世界恐慌のときです。1930年代、みんな苦しい思いをしたから、政治家も国民も、社会福祉制度をしっかりと築いて、二度と苦しまないようにしたのです。

日本は高福祉高税の国にはなり得ないかもしれません。また、見えないもの(ゴールをみえると言って、実現しそうにもないことを求めすぎると、裸の王様のように付け込まれてしまいがちです。まずは、このくらいなら…と言うものを目指したいのです。

デンマークなみの高福祉高税が無理であれば、中腹市中税を目標としてみるのがいいのでしょう。

もし、あなたが国を信用できないのであれば、消費税を福祉のためだけに使う社会事業所を国民自身で設立したらどうでしょう。59・


60頁・誰もが納得できるシンプルで透明な組織において、消費税を徴収して使い道を決め、配分できるようにすればいいのです。貧困者、障害者、高齢者と言った社会的に弱者と言われる人が、安心して生活していける国になってほしいものです。60・


ここまで

ここまで

 

 

第二章 『はだかの王様のように騙されない』・ 政治を考える・平成28年3月4日 金曜日

「はだかの王様」・40頁・

あるところに、美しい新しい着物が大好きな王様がいました。

その王様の国に、二人のいかさま師がやってきました。二人は機織り職人だと名乗って、自分たちは世にも美しい織物を織ることができる、その織物を作った着物は、自分の地位にふさわしくない仕事をしている者、手に負えない馬鹿者には見ることができないと言いふらしました。

その話を聞いた王様は、「面白い、わしがその服を着たら、どの役人がその地位にふさわしくないか、誰が利口で誰が馬鹿なのか、すぐにわかるぞ」と、二人のいかさま師に着物をつくるように言いつけたのです。

二人のいかさま師は、いかにも働いているような振りをしていました。けれども機のうえには何もありません。それでもからの機に向かって朝早くから夜遅くまで働いていたのです。40・

41頁・町には王様の新しい着物の話が評判になっていました。そして、自分のお隣さんが悪い人なのか、馬鹿な人なのか、とても知りたがるようになりました。

ドンくらいでき上がったのか王様は様子を見に行きたかったのですが、自部員の地位にふさわしくないと見えないという話を思い出すと、すぐに足を運ぶことができず、ある大臣に様子を見に行かせました。

その大臣は正直者で、知恵もあり、王様が信頼している人物だったのです。

正直者の大臣は、いかさま師が空の機に向かって働いている部屋を訪れました。思い切って部屋に入ると、何も見えません。「見えない」とは言えません。いかさま師は、からの機を指しながら、「いかがですか?美しいでしょう」と話しかけてきます。正直者の大臣は慌てました。自分が見えないことを誰にも知られてはいけないと思い、「見事じゃ、王様に素晴らしいと申し上げよう」と答えてしまいました。

しばらくして、王様はまた違う役人に様子を見に行かせました。

この役人も大臣と同じ見ることはできませんでしたが、いかにも見えているように振る舞いました。41・

42頁・ついに王様も自分で様子を見に行くことにしました。

大勢のお供を連れて、いかさま師の仕事部屋に行くと、先に様子を見ていた大臣と役人が「王様、三五度ではございませんか」とからの機を指しました。

王様は何も見えません。しかし、大臣と役人は見えているのだと思い込み、慌てふためきました、「見事じゃ!」と大きな声で言ったのです。

町ではこの織物のうわさで持ちきりだったため、ある役人が、「素晴らしいです。今度のパレードで着ぞめしたらいかがでしょう」とすすめました。

パレードが行われる朝、いかさま師は「いかがでしょうか。このお召し物はクモの巣のように軽いです。まるで何も来ていないかのような気心地の良さです」と話をしながら、王様に着せる振りをしたのです。王様は言われるがままに着物に腕を通しました。

王様は鏡の前で何度も何度も見ましたが、何も見えません。それでも、しずしずと歩き出しました。なぜなら、自分が見えていないことを、周りの人に悟られてしまったら大変だからです。42・

43頁・こうして王様は見えない衣装をまとい、街でパレードを行ったのです。

すると、往来の人も、窓からパレードをのぞいている人も、口を揃えて言いました。「なんてステキなんでしょう!」「よくお似合いですこと!」誰も見えないとは言えなかったのです。王様の数多い着物のうちで、見えない着物ほど評判が良かった着物はありません。

そのとき、小さな子供が叫びました。「王様は、裸だよ!」王様はその声を聞いてドキッとしましたが、パレードを続けたのでした。43・

44頁・

腐敗が世界一少ない国・44頁・平成28年3月4日 金曜日・

デンマークは、政治於ける腐敗が世界一少ない国としても有名です。

その政治運営は非常に透明であり、何が行われているのか、政治の中が見えるように、国民は常に留意してきました。

その根底には「社会福祉国家」としての歩みがあります。

ここでは、デンマークが1960年代に築き上げた社会福祉国家までの道のりをたどってみましょう。

12世紀、バイキングの時代を終えたデンマーク人は、国民すべてが農民と言ってもおかしくない国でした。

農民は、デンマークの各地に点在する大地主である庄屋の下で、小作人として働いていました。当時は「囲い込み法」によって拘束され、自分が多々羅いている庄屋から自由に移動することが禁じられていました。しかし、1788年、自由を求めた農民たちは領主との話し合いにより、「囲い込み法」を無効にさせたのです。44・

45頁・奇しくも翌1789年には「自由、平等、博愛」を謳ったフランス革命が起こっています。これはみなさんも歴史の授業で覚えた年号ではないでしょうか。

1814年にデンマークは、世界で初めて「教育の義務制度」を決めました。さらに、最初の国民学校が1844年に設立され、教育の基盤を作り上げました。

1848年には絶対王政を廃止し、翌年に自由主義憲法を制定しました。

1864年、ドイツ・オーストリア連合軍に領土争いに敗れましたが、デンマークは失われたものを国内で取り返す国づくりに励みました。

シャイ福祉の原型が生まれたのは1866年、英国と並んで世界で最初の農業協同組合を設立したことです。

1900年代に入り、近代工業化に伴い、農民は都市労働者として農村から移住し、農業協同組合の経験を持つ彼らは、新しい職場に労働組合を発足させていきました。労働組合は自分たちの生活を守るための連帯であり、決して過激な政治闘争は目指しませんでした。45・

46頁・そして、1929年、世界大恐慌が起こりました。

デンマークも例にもれず、不況で失業者が増え、大変の時代を迎えます。そのとき、政治家たちはこんな苦しみを二度と国民に味わわせたくないと、社会福祉法の充実に取り組み始めました。

1940年代に入ると、デンマークはナチス、ヒトラーの軍隊に国土を占領されてしまいます。ドイツ軍が越境してからわずか数時間しかデンマーク軍は抵抗せず、軍隊は速やかに解散、後には警察まで解散をしてしまいました。

自由を自分たちの手で勝ち取ってきたデンマーク人、自由を一番尊ぶデンマーク人にとって異民族に統轄されることは苦渋でした。しかし、デンマークの軍隊は占領軍とほとんど交戦せずに解散したことで、「国破れて山河あり」とはならず、日本の第二次世界大戦後のように食料事情はあまり窮しませんでした。戦後は復興のため、たくさん労働力を必要とし、女性の社会進出が進み、1960年代にはデンマークは国民すべての生活を保障する初期の「社会福祉国家」を築き上げたのです。46・ここまえ・

 

 

女性の社会進出で好循環が生まれる・47頁・16/3/4 13時4分53秒・

デンマークはよく「社会主義国」と間違われますが、「社会福祉国家」であり、「資本主義」の国です.ですから、経済と福祉のバランスがうまく取れている国、と言ってもいいでしょう。

デンマーク経済が安定しているのは、何と言っても女性の就業率の高さによって生まれる好循環と自給率の高さです。

デンマークでは、女性の社会進出率が高く、80%近い女性が働いています。すると、男性と同じぐらい女性も税金を払うことになります。除染の就業率が低い国と比較すると、国家収入が倍近く増えることになります。

女性が社会進出すると、家庭で子供や障害のある人、高齢者の世話をする人がいなくなるので、保育園、幼稚園、障害者施設、高齢者施設を整備しなくてはなりません。47・

48頁・それらの施設などで働くのは女性が主体ですから、女性の職場が増えてくるという好循環が生まれるのです。

さらに、女性が社会進出するのに伴って、女性議員の数が増えていきます。デンマークでは、地方議員の約30%、国会議員は約40%が女性です。

2009年6月7日に行われたヨーロッパ議会議員選挙で、デンマークが持つ13の議席が争われましたが、なんとそのうち女性議員が六人選ばれました。

日本は男性社会で、男性がいろんなことを決めてしまいがちです。人口の半分は女性なのですから、女性がもっと政治に参加してほしいと思います。現在の日本は、女性議員が増えたと言っても、地方に行けば女性の議員が一人もいない自治体があります。

女性知事も47ある都道府県の中で4~5人なのはまだまだ低いのではないでしょうか。

女性議員が増えると、女性が働くための環境が整えられます。出産休暇、育児休暇の制度がしっかりとしていくうえ、保育園への入園を待機しているような子供もいなくなるでしょう。48・

49頁・女性の社会進出は、気鋭材の安定をもたらすとともに、社会福祉の発展につながるのです。

また、デンマークの農業は自給率が300%です。食べ物があるというのは、非常に安心で、経済も安定するのです。

日本では自給率が低いのも関わらず、なぜか休耕田がたくさんあります。なぜ、自分たちで食べ物を作ることを考えないのかが不思議です。ここまで

 

デンマークで少子化が止まった理由・49頁・

日本では電車の車両を見渡すと子どもより高齢者の方が多いですが、デンマークでは子供が多く見られます。

子どもが多いのは、デンマークには母親を支援する制度がたくさんあるからです。

長男が生まれた時、妻が退院してきて三日ほどたたないうちにケースワーカーが、「私はこの町の保健婦です。49・

50頁・あなたのところに子供が生まれましたよね」と訪ねてきました。「お子さんの育児について、いつでもお手伝いをしますから」とわざわざ伝えに来たのです。

まだ生まれて間もないというのに、すぐに保健師が対応できるのは、病院と地域がしっかり連携しているからです。

保健師は、子育ての相談、たとえば日本でいう「公園デビュー」の方法まで教えてくれます。生まれた子供に障害があった場合は、治療方法や今後について教えてくれます。

デンマークのほとんどの家庭では核家族です。核家族だと初めての子供を授かったとき、とくに障害児の場合はいろいろなことに悩みます。でも、保健師が国民全員についているケースワーカーに連絡を取ってくれているので、お母さんはとても心強いのです。

デンマークの子育て支援が確立されてきたのは、1980年代のことです。

デンマークでも女性が社会進出した1980年代は、出生率が1・4%ぐらいまで下がってしまいました。50・

51頁・そこで、女性議員が「子供を産んでも仕事ができるように」と、産前産後休養(産休)や育児休業(育休)などをしっかりと制度化し、地方自治体は、「しっかり子供の面倒を見る場所がありますよ」と保育園、幼稚園を整備したのです。

また、子どもが生まれたら、児童手当が支給されます。18歳までは各市町村から四半期に一回児童手当がもらえます。

日本では障害のある子供が生まれた場合、女性は今の仕事を続けられない状況に陥ってしまうことがほとんどではないでしょうか。

障害のある子供を施設に入れないで自分で育てようとするならば、親は仕事を続けられなくなります。そこで、デンマークでは今の給料の約80%を保障し、子供の面倒を見られるようにするという制度があります。

このように制度をしっかりさせるうちに、少子化が止まったのです。現在の出生率は1・9ぐらいです。51・ここまで

52頁・

 

 

 

 

贈収賄ができない制度づくり・54頁・

なぜ日本人は税金に嫌悪感を抱くのか・57頁・

社会的弱者はだまされ続けている・60頁・

地方分権で政治、福祉が変わる・62頁・

デンマークの投票率は90%・64頁・

平成28年3月4日


世界一幸福な国デンマークの暮らし方 千葉 忠夫 (著) 内容紹介

 

「マッチ売りの少女」にあるような厳寒、貧困の国であったデンマークは、

戦後の社会福祉国家としての制度改革によって、いまや「国民の幸福度ランキング」で世界第一位の生活大国となった。世界でいちばん幸せな生き方とはどういうものなのか?

デンマークにあって日本にないものとは何か? デンマーク人の心に二百年間宿りつづけたアンデルセン童話を手がかりに、自由、自律、責任、貧困、政治、教育、社会、福祉などの問題について再考する。

 

目次

はじめに・・・世界で一番幸せな国・デンマーク・3頁・

もし、「あなたは幸せですか?」と聞かれたら、「はい!幸世です」と答えることができますか?

北欧の国デンマークは、この質問に「幸せです」と答えた国民の数が、世界で一番多い国です。

これは、アメリカの研究組織、ワールド・バリューズ・サーベイが各国の個人を対象に、現在の幸福度を調査し、ランキングした「幸福度ランキング」(2008年に発表)の結果です。

幸福度ランキングとは、約100ヵ国の地域を対象に「あなたは幸せですか?今の生活に満足していますか?」と質問をして、「幸世です」と答えた人の数を調べたものです。その結果、デンマークが堺で第一位でした。

4頁・二位はプエルトリコ、三位はコロンビア。アメリカは16位、イギリスは21位、フランスは37位。そして、日本は43位、中国は54位、韓国は62位と言う結果でした。

また、イギリスのレスター大学の心理学者が発表した幸福度マップと言う別の幸福度調査でも、デンマークは一位になりました(2006年発表)。

これは、イラクなどの紛争国を除く世界178か国を対象に、経済状況や医療制度、教育などのデータを分析、幸福度に影響を与える要因となる医療制度、裕福度などを数値化し、ランキングにしたものです。

ここでも、第一位はデンマークの。次いで、二位はスイス、三位はオーストリアでした。そして、アメリカは23位、日本は何と90位でした。

デンマークは、国を対象にした指標でも、個人を対象にした指標でも世界で一番幸せな国、そしてデンマーク人は世界で一番幸せな国民と言えるのです。

実際に国民の約80%は「この国に生まれてよかった」と言っています。4・

5頁・さて、日本にはなかなか馴染みのないと思われるデンマーク。

その場所すらご存じない方もいらっしゃるようですので、ここで少しご紹介をすることにしましょう。

・コペンハーゲンは「商人の港」・

デンマークは北欧にある小さな国です。東はバルト海、西は北海に面しており、ユトランド半島、シェラン島、フュン島など500以上の島々からなる国です。デンマーク領であるグリーンランド、フェロー諸島を除いての総面積は約4万3000㎡で、九州と同じ大きさですが、人口は551万人(2009年度デンマーク統計局)で、東京都(人口は1294万人・東京都2009年4月)の半分以下です。

気温は温和で、夏は比較的涼しく、日本でいう北海道の夏の季節と似ています。緯度は樺太の北に位置しているものの、冬は温暖で東北の岩手よりも暖かく感じるのですが、日照時間が短く、遅い時で午前八時過ぎに日が昇り、午後三頃には沈んでしまいます。5・

6頁・また、夏の最も陽が長い時には、午前四時半に日が昇ると、午後十時近くまで陽は沈みません。ですから、陽の長い夏の季節は国民全体が仕事を早く切り上げて、外に出て太陽の光を堪能します。

人々は広く満遍なく国土の至る所に住んでおり、緑豊かな土地には一軒家が多く、日本では当たり前のように見かける十数階建てのマンションなどは、ほとんどありません。

首都・コペンハーゲンは、デンマーク語で「商人の港」と言う意味があります。デンマーク人の祖先はバイキング。バイキングは、8~12世紀に北欧のフィヨルドから巧みな航海技術を駆使してヨーロッパ各地で活動し、貿易も盛んにしていましたので、「入り江の民」「市場の民」とも言われています。

現在は農業国として有名で、国内でとれる農産物の三分の一で全人口が賄えるほどお高い自給率で、食料は潤っています。日本には主に豚肉やチーズと言った食品を輸出しています。6・

7頁・主食はジャガイモと黒パンで、日本人がお米を食べるとの同じようにじゃがいもと黒パンを毎日食べています。スーパーには何種類のジャガイモと黒パンが、所狭しと陳列されています。

さて、デンマークの観光の見どころは、コペンハーゲン、近郊の森林地帯に点在する歴代王室の古城、そしてなんといっても、アンデスセンの生まれ故郷、オーデンセだと思います。特に、オーデンセのかわいらしい街並みはおとぎの国そのものです。

コペンハーゲンには有名なチボリ公園があり、夏の開園期間は老若男女の憩いの場となっています。街はずれには「ニューハウン」と呼ばれる地域があり、その周りにはパラソルを出したお店が軒を連ねています。7・

8頁・また、日本の子供にも人気のあるレゴブロックがデンマークの玩具であることはご存知でしょうか。

ユトランドには大きなレゴランドがあります。レゴで作った世界の有名な建物などが子供連れの家族に人気でにぎわっています。

さて、デンマーク人の面白い習慣を二つ。

デンマークには「湯船につかる」と言う習慣がありません。

昔は湯船があったのですが、国内がオイルショックで節約志向になった時、人々は湯船を捨てたのです。お風呂は「温まるもの」から「体を奇麗にするもの」へと合理的に変化しました。今では、各家にシャワーのみがあり、湯船をおいている家はほとんど見かけれません。たまに郊外の牧場に行くと、家畜の水飲み場に昔の湯舟が使われている光景が見られます。

また、デンマーク人は、写真の撮り方が日本の習慣とは多少異なります。

写真を撮る時、日本では、「はい、チーズ」と声をかけて、ポーズをとったところでシャッターを切ります。しかし、デンマークでは気づいたら取られていることがほとんどです。8・

9頁・「ちょっと待ってくれよ」といっても、「自然な姿がいいんだよ」といっぱしの芸術家口をたたかれることがあります。ですから、アルバムの中には、個性的な芸術性あふれる写真が並んでいます。

・アンデルセンが描いた未来社会・9頁・

さて、みなさんは「アンデルセン童話」を読んだことがあるでしょうか。

きっと子供のころの記憶に、絵本や児童書として残っているのでは、と思います。私はこれまでデンマークがどのようにして社会福祉国家になっていったのかをいろいろな角度から探求してきました。最近になって、200年ほど前に生まれたアンデルセンの心の中に、デンマーク人を代表する心があることに気がつきました。

アンデルセンの童話にはその時代の社会と、生活している人々の喜怒哀楽、望ましい未来社会を実現するための願望が描かれています。

アンデスセンが描いた望ましい未来社会は、その童話を愛したデンマークの人々によって実現しました。9・

10頁・デンマークの人々は160年という年月をかけて幸福度世界一の国、幸せな国デンマークをつくりあげたのです。

では、そもそも「幸せな国」とは何でしょうか。私は、幸せな国とは人びとが「生活しやすくて住みやすいこと」につながると思います。

日本からデンマークの社会福祉を学びに来た学生に、私はこんな質問をします。「住みよい国って何ですか?」

たいていの学生は、食べ物があること、住む家があってお金に困らないこと、物価が安い、病院がある、交通の便がよい、仕事がある、夢が実現できるといったように、まずは衣食住の面が満たされることを挙げます。

次に格差のない社会、平等、個人の自由、人権の尊重、障碍者や高齢者の生活保障、安心して老いられる国、自由に教育が受けられる、民主主義の国・・・と、社会問題に目が向けられていきます。

そして、緑が多い、空気がきれい、天災害がない、紛争や戦争がない・・・と、社会がおかれている環境、世界へと視野が広がっています。10・

11頁・人間は誰もが一番身近な自分自身のことから考え始め、そして世界を考えるという順序になるのは当たり前のことでしょう。

アンデルセンと同時代に活躍したデンマークの哲学者キルケゴールは、単独者の主体性こそ心理と説く個人主義、実存主義を唱えました。キルケゴールの思想もデンマークが社会福祉国家になった一つの要因と言えるでしょう。社会と個人は相反するもののように思われますが、「個人を大切にすることが、個人の集まりで構成されている社会を大切にすることにつながる」のです。

ならば当然のことながら、個人が住みよい社会であり、それが集まってできている国は、住みよい国と言えるでしょう。

では、デンマークは昔から住みよい国だったのでしょうか。

アンデスセン童話の中でもっとも有名な作品の一つ、「マッチ売りの少女」を知らない人は少ないでしょう。

これはアンデルセンが43歳の時の作品で、今から160年前のデンマークを見事に表しています。当時はマッチ売りの少女のような貧しい子供たちが、デンマークにはたくさんいたのです。11・

12頁・それから時を経て、デンマークは世界一幸せな国なりました。そして、経済福祉国家としての道をしっかり歩んでいます。

貧しかった「マッチ売りの少女」の国は、なぜ世界一幸福な国になれたのか、その仕組みを本書で紐解いていきたいと思います。

 

第一章 『マッチ売りの少女』―― 貧困を考える、

「マッチ売りの少女」・25頁・

寒くてどうしょうもなかった・27頁・

少女が望んだ幸せとは・29頁・

働かざる者は食うべからず・31・

日本の貧困率は世界五位・32頁・

問題解決には助けが必要・34頁・

貧困をなくすには・36頁・

第二章 『はだかの王様』―― 政治を考える

「はだかの王様」・40頁・

腐敗が世界一少ない国・44頁・

女性の社会進出で好循環が生まれる・47頁・

デンマークで少子化が止まった理由・49頁・

国家予算の約75%が教育や福祉に使われる・52頁・

贈収賄ができない制度づくり・54頁・

なぜ日本人は税金に嫌悪感を抱くのか・57頁・

社会的弱者はだまされ続けている・60頁・

地方分権で政治、福祉が変わる・62頁・

デンマークの投票率は90%・64頁・

第三章 『みにくいアヒルの子』 ―― 教育を考える

「みにくいアヒルの子」69頁・

人は見た目で判断する・72頁・

自分の生き方は自分で決める・73頁・

デンマークの国民学校法とは・74頁・

国に必要な人を育てる・76頁・

義務教育に学ぶべきこと・79頁・

教科書の指定がない授業・81頁・

「義務教育」と「教育の義務」との違い・83頁・

登校拒否には理由がある・85頁・

好きなことを勉強させる・86頁・

高校の授業が分かる人は三割程度・88頁・

高校への進学率は約45%・91頁・

在学中にしっかり実習経験を積む・94頁・

大学全入は大きな無駄・96頁・

役職ポストは公募制・99頁・

デンマークには勤務評定がない・100頁・

教師と生徒が寝食を共にする・102頁・

第四章 『赤い靴』―― 社会のあるべき姿を考える

「赤い靴」・106頁・

ルール違反の付けは大きい・110頁・

幸な国の方程式・112頁・

自由の使いかをどう教えるか・115頁・

自由の代償と連帯責任・117頁・

職場を離れたら「目線」は同じ・120頁・

ピザの公平な分け方・122頁・

一人で持てないものは二人で持つ・126頁・

デンマーク人にはできて、日本人にはできないこと・128頁・

出した分だけもらわなくては損?130頁・

自由、平等、連帯、共生、・132頁・

○第五章 『ナイチンゲールの歌声は介護の心』―― 福祉を考える

「ナイチンゲール」・136頁・

思いやりのある介護とは・139頁・

機械にできること、人にできること・141頁・

福祉国家の医療制度・142頁・

国民全員にケースワーカーがつく・144頁・

デンマークの高齢者施設に驚いた・146頁・

住み慣れた家にできる限り住みたい・147頁・

キーワードは「自律のための支援」・1150頁・

ヘルパーが10分以内で駆けつける・152頁・

成人以降の親子関係・154頁・

ノーマリゼーションの始まり・155頁・

大規模収容施設をなくせ・158頁・

障害ゆえに不可能なことがある・160頁・

在宅生活にも一長一短・162頁・

障害者福祉は社会が担う・165頁・

「親なき後」の心配は不要・167頁・

障害者が一番求める支援・169頁・

○第六章 『人魚姫の選択』―― 自律することを考える

「人形姫・174頁・

自己決定は利己主義となりうる・178頁・

自律と自立・180頁・

生活を守るための労働組合・182頁・

仕事が続けられない社会的障碍者・185頁・

可能な限り社会復帰を促す・186頁・

男性の育児休暇取得率は高い・189頁・

第三の人生で社会に貢献する・190頁・

奉仕活動ができるようになるには・191頁・

デンマークの社会問題・193頁・

社会的弱者が困らない社会をつくる・195頁・

おわりに・・・デンマークを目指した私・198頁・

生まれて初めて見る外国・200頁・

デンマークは「おとぎの国」そのものだった・202頁・

平成28年3月2日 水曜日

内容(「BOOK」データベースより)

 

「マッチ売りの少女」にあるような厳寒、貧困の国であったデンマークは、世界大戦後、社会福祉国家としての制度改革を成し遂げ、いまや「国民の幸福度ランキング」で世界第一位の生活大国となった。デンマークにあって日本にないものとは何か?世界でいちばん幸せな生き方とは?「みにくいアヒルの子」「はだかの王様」「人魚姫」など、デンマーク人の心に百五十年以上宿りつづけたアンデルセン童話を手がかりに、自由、責任、政治、教育、福祉、貧困など日本社会が抱える問題について、身近な視点から再考する。


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新書: 206ページ出版社: PHP研究所 (2009/8/18)

言語: 日本語発売日: 2009/8/18


 目次

6:26 2016/03/02

世界一幸福な国デンマークの暮らし方・

 

 


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